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 料理人が作り、サービススタッフが運び、お客様が食べる。  僕らの仕事は、本質的にはとてもシンプルだ。  それだけのことが、こんなにも難しい。  料理人は自分に出来る最高の料理を目指し、お客様は最高の味だけでなく居心地の良い空間と充実した時間を求める。  僕らは料理と調和し、お客様にとっても心地よい空間を設(しつら)えて、料理とお客様の時間を一番良い瞬間でつなぐ。  やりがいも喜びも多い仕事だが、こういう日は辛い。 「はーやっとくーんぉあ!? 彩音!」  ホールに出てきた閑が持っていたワインとグラスを背後に隠す。慌て振りから察するに、今日はセラーから黙って持ってきたのだろう。  黙って顔を上げた彩音は、閑を手招きした。  恐る恐る近寄った閑からグラスを一つ受け取ると、注げと言うように持ち上げた。閑はぎこちない手つきでコルクを抜いてグラスに注いでやる。  少し不機嫌そうな顔でワインを見て、香りを確かめ口に含んだ。 「野本さんさぁ、あれ言う前に、同伴ぽいテーブルのワインちらって見たんだよね」 「えー何どしたの、彩音荒れてんの?」  そう言って閑は彩音の向かいに腰を下ろす。 「……でもさぁ、わかるでしょ! 私がそんな、金離れいいぜアピールしたいやつのためにホイホイ適当にワイン出すかくらい、わかるでしょ! 女性客が飲んでたのは、前の店でも出してたやつだし、それでなんかこう、あのワインがいいなーとか言ったんだろうけど……もー! もぉー!」  ワインはほとんど彩音が一人で飲み干して、仕事に関係のない愚痴も零すだけ零すと、高いヒールに履き替えて颯爽と帰って行った。 「すっきりしたらすーぐ帰ったな、あいつ」 「昔っからあの感じ?」  彩音のいた席に腰掛けて尋ねると閑は彩音が去って行った方向に視線を向けた。 「まぁあるね、あーいうとこ」  彩音と僕と、閑は学年でいうと同じ年だ。  この店は、遠也以外は、閑が昔から知っている人間に声をかけてスタッフが集まっている。  もともと、僕ら三人は同じ高校なのだ。僕は彩音とは在学中に面識はなかったけれど。 「さて、帰る? 俺ら以外、みんな帰ったし」 「……うん」  客席に座っていたら、今日のことが思い出されて、少し気分が沈んだ。  閑が僕をじっと見て、急に席を外す。  グラスやボトルを片付けて、そのまま帰るつもりだろうと思い、僕はしばらくぼうっとしてから、自分も帰ろうと席を立った。 「あっ、待って帰んないで!」  厨房の方から閑が出てきた。さっきとは別のワインと、皿を持っていた。  一日に二本もセラーから、ととがめるより先に、その皿から目が離せなくなった。
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