#2

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「作ったの?」 「ん、カナッペ」  と軽く皿を持ち上げる。 「……作れたの?」 「さっきより高いの持ってきちゃった。飲もうぜ」 「ねえ」  皿をテーブルにのせて閑が僕を見る。 「パン切って材料の余り乗せただけ。作ったってほどのもんじゃねぇよ」 「……」  なんとなく、僕はそれを口に運べない。  また立ち上がった閑が持ってきた新しいグラスに、ワインが注がれる。  閑は自作のカナッペを口に運び、ワインを飲む。うまそうにふっと息をついた。  僕は、ワインにも料理にも手をつけなかった。今日は仕事場で飲みたい気分じゃなかった。 「……今日、なんか調子悪かったんだ」 「そお? そういう日もあるでしょ」  何でもないことのように言われても、頷けない。 「事前にもっと、僕が確認しておけばよかった。 たった三組なのに、ギリギリだった」 「あー、遠也めっちゃ凝ってたんだって? まき姉に聞いたわ」  閑はまたカナッペを口に運び、もぐもぐと咀嚼する。 「あれでもう一組でも多かったら、間に合わなかった」 「増えなかったし、間に合ったろ」 「でも」  開いた口に、何かを押し込まれた。  ざくっと歯を立てて噛む。タルタルステーキの余りの牛肉と、キノコのソテー。 「……うまい」  鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。 「間に合ったろ。お前が間に合わせたんだ。 今はまだ色々トラブルが起こることもあるけどさ、遠也は俺たちで気長に育てていこうぜ。 あいつ、いいシェフになるよ。だから、今は俺たちでフォローしよう。な?」  僕の肩に閑の手が触れる。 「俺、あいつが育っていくの楽しいんだよ。 もちろん、もっと成長してもらわなきゃいけねーし、駄目なところもたくさんあるけど……。 まぁ、それでもさ、お前が回してくれるから、あいつに厨房任せられる」  突っ込まれたカナッペを乱暴に咀嚼する。  そうしてごまかさないと、涙が滲みそうだった。簡単なものなのに、十分に旨い。それなのに――。 「なんか、一個看板料理が出来ればいいよな。 あいつどっちかっていうと、野菜とか魚の方が得意だよな? でも温度とか、加熱とか生とか、そういうとこに関心強いし、肉にも生かせそうだけど……、 めんどくさいからあいつが考えればいっか」  閑が指でつまみ上げたカナッペを取り落とした。 「あっぶね! でもこの机はきれいだから気にしないものとする!」  口に放り込み、ヘラヘラと笑う。  言いたい言葉を、食べ物ごと飲み込んで、僕は俯いた。 「……帰る」  歩き出した僕の背中に、「おい」と引き留める声がかかったけれど、無視してバックヤードに駆け込んだ。  いつもより荒い手つきで制服を脱ぎ、私服に着替える。逃げるように店を出た。  いや、実際逃げたのだ。今日の無力感、それに対する慰め、遠也への期待を無邪気に口にする閑から。
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