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「えっと、何から言ったらいいかな……、まずうちの集客を妨げ続けてる吉澤問題ね、これは気にしないことにする」
「気にしないも何も、そのせいで客が来ねぇ状態が続いてんだろ?」
ケンシンが腕を組んで眉を寄せる。閑はひらひらと手を振った。
「それはそうなんだけどさ、うちってそもそもどういうコンセプトなのかって、みんなに言ったよな?」
開店前、店のスタッフに誘われる時に聞かされたが、皆の前で閑が宣言したことはない。僕は確かめるように口を開いた。
「大切な人との、大切な時に、大切な時間を過ごしてもらう」
「うん、ちょっと恥ずかしいけど、そう。節目に使ってもらえて、それで、また来たいって思ってもらえる店」
店のコンセプトというのは、大切なものだ。
これは、コンセプトに合わないお客様を想定しないということではない。ただ、それがあることで、内装やサービスの方向性、料理の目指す方向も、固まりやすくなる。
逆に言うと、サービス、内装、料理のイメージがばらついてしまうと、営業していてもどこかで行き詰まることがある。
「でもね、吉澤のフォロワーとか、本の読者層って、三十から四十の、仕事バリバリやってる男性が多いんだ。
あいつ自身、デートとか仕事で使うこと想定してる」
頭をわしわしと掻いて、閑が顔を上げる。
「うちみたいな、既に出来上がった関係性の人たちの大切なときに使ってもらいたいっていうのと、多分ちょっと、違う」
いつも機嫌が良さそうな閑の顔の、眉尻がちょっと下がる。
「だから、……だから、最初に、俺が吉澤に声かけたの、普通にちょっと違ってたかもしんない。
あいつ舌はいいし、もっとフェアかと思ってた。
遠也の料理は単純に美食を求めてる人にも訴える力があるから、影響力のある人に宣伝してもらおうと思ったのは、間違ってなかったと思うんだけど、焦ってた」
しばらく黙り込んだ後、俯いた閑が、ぽそっと
「ごめん」
と呟いた。
正直に言うと、閑が作る店はもっと明るい方向か、どちらかと言えば吉澤さんに近いコンセプトだろうと思っていた。
僕は、閑が内装を決めた今の店の雰囲気はとても気に入っていたし、働きやすかったが、閑がこれを作ったのは意外だった。
「プロの評論家の客が、まずかったとかや無いのにああやって営業妨害みたいなことするなんて、普通予想でけへんでしょ。
そこは閑さんのせいちゃいますよ」
遠也の言葉に閑が顔を上げる。
僕は確認するように声をかけた。
「吉澤様に宣伝を頼んで、今この状況になってしまってるけど、
そもそも吉澤様が影響力を持ってる層と、うちが本当に狙いたい層は違うって言いたいんだよな?」
「うん」
「それで、その、うちが本当に狙いたい層の人たちに届けるための対策は、これからとっていくつもりなんだよな?」
「そう!」
「で、その内容は?」
ふうと息をついて、閑は厨房の三人を見た。
「まずは、興味を持ってうちの店に来てもらうこと、そして、うちを好きになってもらうこと。
……ケンシンが一番忙しくなるかもしれないんだけど、いい?」
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