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#3
その料理は、少し、子供っぽい派手さがあるようには思えたが、取り立てて目を引くというほどの盛り付けではない。
皆、レストランでよく見る王道の料理と思って口に運ぶ。
会話は止まって、テーブルに向かい合う者同士は目を見合わせる。
そこには隠しきれない驚きが滲んでいた。
食べた瞬間、笑い出す人さえいる。そして、お客様によっては、シェフを呼んでくれと言い出して、僕はかしこまって厨房に言付けに行く。
上品な設えの客席に座る、装った来客たちの合間を、気配を感じさせないように通り抜け、厨房の扉を開ける。
扉一つ隔てると別世界で、怒号の飛び交う戦場のような光景が待っていた。
シェフが僕を見つけて明るい声を出す。
「何、またシェフ呼んでって言われちゃった?」
シェフはいつも戦場のまっただ中で不敵に笑っていた。
肩をすくめて肯定する。僕は先に厨房を出て、丁寧さを失わない笑顔でお客様にすぐにシェフが来ることを告げる。
お客様は厨房のドアが開く前から目を期待に輝かせている。そして、出てきた男が、全く料理の通りであることに、してやられたとにやりと笑う。
シェフは平凡な見た目だが、目はいたずらっぽく輝き、口元にはからかうような笑みが浮かんでいる。
シェフの料理は、口に入れるといい意味で予想を裏切られる。
一度は口にしたことがあるような、クラシックな料理なのに、驚きがある。
普通の料理なのに、特別においしい。
そして、様々なハーブやスパイスが、素材の味と調和していて、華やかで、明るい料理だった。わかりやすく、ただただ単純においしい。
彼の料理は子供にもわかる、と、辛口の評論家は嘲るように、まっすぐな評論家は褒め言葉としてそう評した。
*****
目が覚めた後も、ベッドの中でぼんやりと天井を眺めていた。
今日は定休日、予定も何もない。
久しぶりに、フランスにいた頃の夢を見た。
もう三年前だ。
ずっと使っていないフランス語は、きっと下手になってしまっただろう。
寝返りを打って、スマホを手に取る。妹からラインが入っていたが、まずはネットニュースをざっとチェックする。そして、お客様からニュースの話題を振られたときのシミュレーション。
それが終わったら、ようやく起き上がって、身支度を済ませる。
そのタイミングで、兄妹のグループラインを確認した。
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