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癪ではあったが、店で何かあったのかと思えば無視するわけにも行かず、僕は裏口から店に入った。
電気はついているが、バックヤードには人がおらず、バックヤードから厨房につながるドアを開けた。
「あ、隼人!」
厨房には閑と、私服にエプロンをしただけの遠也がいた。
遠也がこちらを見て会釈程度に頭を下げる。
調理台の上には調理器具の他にいくつか試作らしき皿があった。
「で、何の用?」
閑もいつものシャツとスラックスではなく私服姿で、髪もラフだ。半袖のTシャツを着た彼の腕に、いつもの時計は不釣り合いに見えた。
「ん、色々メニュー構成考えてるんだけどさ、サービス可能かどうか、お前に判断してもらおうと思って」
「……一番最初のメニューのレベルなら、ぎりぎりいけるけど」
開店当初のメニューの方がサービス面では大変だった。
スイカのグラニテのように、テーブル上で仕上げる料理や、前菜の牡蠣やデザートのアイスなど、完成させるタイミングも、給仕の時間も厳密な料理が多かった。
「僕が出来るかどうかよりも、遠也が満席の時に全席分、適切なタイミングで仕上げられるかどうかの方が大事だと思う」
「できます」
むすっとした声が即答した。
「まぁ、確かに厨房側が間に合うかどうかもあるけど、月一のは皿の数増えるからさ、確認して欲しかったんだ」
渾身のメニューを作ってから、サービス不可能という自体を避けるために、僕は呼ばれたらしい。
「……アミューズの類いは、何種か盛り合わせにしてもらわないと、物理的に無理だと思う。
全席を同時刻に開始で埋めるのも現実的じゃないから、少しずらして予約を受けて欲しい」
厨房とホールに潤沢に人がいれば別だが、どうしても物理的に無理というラインは存在する。
「あー、なるほどね。ほぼ同時に料理出すには手が足りないか。
そしたらアミューズは盛り合わせる前提で考えないとな」
「回転考えたら、近い時間で予約埋めたいだろうけど」
「いや、そもそもコース出す以上、食べ終える時間は厳密にはわかんないし……」
閑と僕がサービスについて話すのを、遠也は不機嫌そうに聞いているだけだったが、途中で口を挟んだ。
「……器、こだわりたいです」
ぼそっと呟かれた言葉への閑の答えは「まだ早い」の一言だった。
「何でですか」
「今、色とか形に遊びがある器使うと、お前の盛り付け、また元に戻ると思うんだよ。それに今回器に予算は割けません。以上」
不満そうではあったが遠也は「わかりました」と引き下がる。
多分、閑が遠也に期待をかけるのと同じように、遠也も閑を慕っているのだろう。閑の言うことは、素直に聞いている様に見える。
しばらく、試作品の味を見ながら、これならコースのどこに配置するのか、サービスの時に注意すべきことはあるのかなど話して過ごした。
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