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 昔ながらの、カウンターとテーブル席がいくつかというそば店だが、店の中は清潔感があってほっとする。  まだ暑い中歩いてきたので、省エネ温度の冷房でも心地よかった。 「俺ざるそばー。二人は? あ、ここ俺が出すから、好きなの頼んで」  ランチタイムにしては遅めの時間のせいか、僕たち以外に人はいなかった。  僕のはす向かいで、俯いてメニューをじっと見ていた遠也が口を開く。 「……じゃあ、ざるそば大盛りと、冷や奴と、親子丼」  まかないを一緒に食べていて、そうかなとは思っていたが、遠也はかなりよく食べる。 「僕は……おろしそば」 「了解、すいませーん」  閑がお店の人を呼んで、三人分を注文する。  ふとスマホをチェックしたら、妹たちから通知がたくさん来ていた。 「ごめん、ちょっと返信していい?」 「いいよ、許可得なくても」  兄妹のグループラインには、仕事や大学の昼休みの間に送ってきたと思われる、大量のメッセージが届いていた。  気づかない間に話が進み、旅行が無理でも一度妹たちの買い物に付き合うようにということになっていて、そのうちねとだけ返信しておいた。 「誰から?」  向かいの閑が冷たい水を飲みながら、尋ねてきた。 「あ、言わなくてもいいんだけど……なんか、にこにこしてるから」  言われて、そんなに顔が緩んでいただろうかと、僕は自分の顔を拭う様に触って口元を引き締める。 「妹」  その答えに閑が驚いたように明るい声を出した。 「うわーみんな元気? 双子結婚した? つぐみちゃんて、高校生?」 「つぐはもう二十歳だよ、大学生。すずもひばも独身、ライン見る限り元気そう」  閑が天井を仰いでため息をつく。 「もう二十歳かー、年取るわけだわ」 「……閑さんと隼人さんて、そんなに付き合い長いんすか」  遠也が不思議そうに口を開いた。家族のことまで知っていると思わなかったのだろう。 「高校の頃から」 「でも、彩音も同じ高校だよ。僕は彩音とは面識なかったけど」  閑の答えにそう言い添えた。遠也は自分から聞いた割に興味がなさそうに頷いて水を飲んだ。  出来上がったそばがそれぞれの前に置かれて「お」と思った。閑がにやっと笑う。 「隼人が喜ぶと思ったんだよー、ここ」  お店の人はどれが誰の注文か確認することなく置いていく。  三人分の注文をしたのは閑だ。閑が注文したときの「おろしだよな?」というようなささいな確認で、どれが誰のオーダーなのかを把握したのだろう。 「いただきます」  なんとなく、閑の言葉に頷くのが癪で、そのまま食事を始めた。  目の前の閑は気にした様子もなく、機嫌の良さそうな顔でそばをすすり、うまいうまいと喜んでいる。遠也はきれいな所作でそばを食べていた。  なんとなく、遠也は育ちが良さそうだなと思いながら、大量の食事を胃に収めていくのをぼんやり眺め、自分もそばをすすった。
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