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この店で働くことが決まった時のことを思い出す。
帰り際、二人が入口近くまで僕を見送ってくれていた時だった。
『安定期入ってから、私働いてましたけど、
おなか大きいとお客様心配しますから、
手伝ってくれる人がいたら安心してくれると思いました』
まだ僕を雇うことに不満のあったヒロさんが首を捻った。
『でもなぁ……何も高校生雇わなくったって』
『あの、一生懸命頑張ります!』
カウンター奥のキッチンから閑の大きな声が会話に混じってきた。
『俺も高校生だけど雇ってくれたじゃないすか!』
『お前は別だろうが』
肩越しに軽く振り返って閑に返事をしたヒロさんに、閑はさらに突っかかった。
『何で? テスト合格したから?』
閑は両親に連れてこられたこの店の味に惚れ込んで、頼み込んで雇ってもらったという。その時、ヒロさんが閑にテストを課したらしい。
『合格してないだろ。お前のは、雇いたくなる不合格だっただけだ』
マダムがムーっと口元を曲げてヒロさんを見る。
二人はフランス語で何か軽く言い争っていた。僕は心配になってテーブル傍の椅子を一つ引いた。きょとんとした顔でマダムが僕を見た。
『あ、ごめんなさい、僕の母が妊娠中、立ってると辛いって言ってたので』
今度はふふんと笑ってマダムがヒロさんを見た。
『わかったよ。シュザンヌの思う通りにしたらいい』
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