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閑が初めて作った料理が、僕の初めて運ぶ料理なのか。
ぐっと体に力を入れる。ゆっくり震える息を吐いた。
カウンターにキャロットラペの皿が置かれる。
皿を持つ手が震えそうなのを必死で押しとどめた。
テーブルに行くまでの一歩一歩に緊張した。
どうか、この料理をおいしいまま、お客様の元に届けられますように。
「キャロットラペです」
笑顔でサーブする。テーブルのそばで話していたマダムも僕にわずかに笑顔を見せてくれる。
サーブは問題なかったみたいで少しほっとする。それでもまだ緊張したまま、離れた場所からそのテーブルを気にしていた。
お客様がラペを口に運ぶ。
咀嚼してわずかに目を瞠って、僕はドキッとした。
何かまずかっただろうか、もしかして僕がサーブの時に何かミスをしたのではないか、味が変わってしまっていないか、ドキドキしながら見ていたら、その口元が笑みに変わり、「おいしいね」と呟いていた。
その時、胸の底で温泉みたいに湧き上がったのは、嬉しさだった。
落ち着かない早足でカウンターに戻る。
ヒロさんが僕を見たので、大丈夫だったことを伝えるために何度も大きく頷いた。
ヒロさんはほっとした、というジェスチャーで自分の胸元に軽く触れる。
「伝えてやってくれ」
僕はカウンターから身を乗り出すように、でもお客様に完全に背を向けないように、奥で皿を洗う閑を見た。
「の、閑……!」
お客様にきこえないよう小声だったけれど、閑が僕を見る。
「ラペ、おいしいって」
僕はこのとき初めて知った。
閑は、本当に嬉しいときは目だけが輝く。
あの明るい目が、きらきらする。
その後で堪えきれないように「ふへっ」と笑って、僕もまだ昂揚感が抜けないまま、ウェイターを探すような目線をしたお客様の元へ歩いて行く。
その日からかもしれない、僕が、サービスという仕事そのものを楽しいと思うようになったのは。
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