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僕がカウンターを通ってバックヤードに行こうとすると、ヒロさんが僕をちょいちょいと呼び止めた。
「今日のまかない、閑に作らせるから、バックヤードで喰ってから帰れ」
「えっ、あ、はい!」
驚きながら頷くと、ヒロさんの視線は既に閑に移っていた。
「閑、出来るな? 俺の分も作っとけよ、後で味見るから」
「はい! ありがとうございます!」
いつものまかないは、煮込み料理や作り置きの冷製の余りとバゲットなどが普通で、つまりヒロさんが作ったものだ。
――閑の料理、初めてだ。
バックヤードで私服に着替え、そわそわした気持ちで厨房を覗く。
鍋を振る閑は、澄んだかっこよさを持っていた。
好きなものに熱中し、努力を嫌がらず、軽やかにまっすぐに進んでいる。
閑がふとこっちを見て僕は目を逸らす。
バックヤードの小さなテーブルの椅子を引いて腰掛けた。
今考えていたことが少し気恥ずかしくなってしまったのだ。
「おまたせー。俺らのだけオムレツつけちゃった」
しばらくして大きな皿を二つ持って閑がバックヤードに入ってきた。
皿の上には、大きなオムレツとバゲット、お客様にも出したキャロットラペ、そして白身魚のムニエルが乗っていた。
「オムレツ、余熱で火が入っちゃうから、
ヒロさんには明日の昼食べてもらうわ」
「昼は、今までもまかない作ってたの?」
閑は仕込みや買い出しの手伝いもしているので、開店前に出勤する僕よりも早い時間から店にいる。
「うん、シュザさんと隼人に食べさせるのはまだ早いって言われてたんだよねー。
『あの二人は軽率に褒めるし、お前は褒められたら調子乗る』って。
んなことないよなぁ?」
「乗りそう」
即答すると閑はあははと笑って、少し真面目な顔になる。
「……俺の料理食べるの、初めてだよな?」
「うん」
閑は「はー」と息を吐いてから、ちょっと緊張したように笑った。
「食べて」
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