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「……閑はすごいな」
友達も多くて、才能があって、努力もしていて、何より夢がある。
コンビニの側に停めた自転車は、きれいな淡い緑色のクロスバイクで、高そうなそれは、親からの誕生日プレゼントだという。
彼がバイトしているのは、僕と違って金銭的な理由ではなく、純粋に勉強のためだった。
閑は、絶対にプロの料理人になるだろう。
高校二年生の夏、家庭も学校も、僕らに未来を夢見ることを強いる。
まだ誰にもわからない卒業後の自分を、進路指導の小さな用紙に書き込まなければいけない。
第一希望、第二希望、第三希望と、将来の可能性に優劣をつけて。
「なにー? どうしたの?」
閑はふざけるように僕の頭に手を伸ばして、後ろ頭を梳いた。
髪に触られるのは初めてじゃない。閑は人の髪に触るのが好きらしかった。
「あのさ、本当に、うまかった」
彼の目を見ると、照れたように逸らされた。「そうかなー」といつもよりずいぶん小声で呟いていた。
閑の携帯が短く鳴って、彼は僕の頭から手を離して画面を眺める。
「彼女?」
その問いへの閑の返事は、アイスを口いっぱいに頬張っていたから、もごもごしていた。
「普通に親。別れたし」
普通科の女子と、春のあたりは付き合っていたはずだ。何度か話を聞いたことがあった。
閑は目立つ。
周りにはいつも人がいて、飛び抜けて格好いい訳ではないけれど、多分それなりにモテるのだと思う。
彼は「俺みたいなのって収まりがいいんだよ」とわかるようなわからないようなことを言っていた。
「なんで別れたの?」
「……何でって、まぁ、俺流されてたから、
そういうのもう嫌だなって思って」
「ふーん」
「隼人は、流されなさそうだよね」
「僕を流そうとする人がまずいないよ。なんか、未練とかないの?」
残り少ないアイスを口に入れると、閑は星の見えないぼんやりとした夜空を仰ぐ。
「んー、俺あんまりそういうのない。
思い出とかもなー……初めて最後までした相手とかは、さすがに覚えてるけど」
今度は唐揚げを取り出して、一口食べた。
「初めてって忘れないもん?」
「試してみる?」
僕の質問に閑がそんなことを言って笑う。意味がよくわからなかった。
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