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#5
平日昼の駅前は、案外人が多かった。
腕時計を確認する。今日は仕事に行く前に、人と会う約束をしていた。
すでについたことを伝えようとスマホを取り出したところで、きれいなアルトが僕を呼んだ。
「ハヤト!」
「マダム」
ハグをして、両頬にビズをする。
周囲の人たちが僕らをチラチラと見ていたが、僕は気にしない。
マダムが、自分が昔からずっとしてきた方法で、僕に親愛を示してくれることの方が大切だった。
シュザンヌさん、僕が閑と勤めていたビストロのマダムだ。
「ご無沙汰してます」
その言葉に、彼女は不安そうな顔をした。
「そのことだけど……、あぁ、後で話しましょう」
マダムはそう言って手を振った。
マダムは昔より更に日本語が流暢になって、知り合ってからの時間の流れを感じる。
予約していたカフェに案内する。
僕がドアを開けて彼女を先に通すと、マダムは僕を褒めるように小さく頷いた。二人でランチを注文した。
「開店前のご挨拶以来ですね。百合(ゆり)ちゃんは元気ですか?」
「元気。でも最近は反抗期ね」
僕らが高二の終わりに生まれた娘の百合ちゃんは、もう中学生になる。
マダムに似て賢そうできれいな少女だ。
僕は帰国してからは節目ごとに夫妻を訪ね、娘の百合ちゃんとも挨拶をしていた。
閑も開店前には一度挨拶に行っていたようだ。
しばらく一家の近況についての話を聞くうちに、注文したランチが出される。プレートにキッシュやサラダ、チキンとスープが乗っている。量が多かっただろうかとマダムを見るが、特に問題なさそうだ。
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