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 食事をとりながらの会話になり、マダムが「そういえば」と切り出した。 「ヒロが、お店が大変みたいって言ってたけど」 「恥ずかしい話ですが、あまりお客様に来ていただけなくて」  マダムの眉が心配そうにひそめられた。 「大丈夫?」 「なんとかやっています」  笑顔でそう返すが、マダムの口から漏れたのは物憂げなため息だった。 「……ノドカと働いていて、平気?」  意味深な響きを感じたのは、僕に後ろめたい所があるせいだろう。 「昔と変わらず、やれてると思います」 「昔とはたくさん違うじゃない。そうでしょう?  ノドカが料理しないんだから」  閑が料理人を辞めたことに表立って触れる人間はレストランにはいない。  マダムに改めて言われて、僕の胸に重たい苦しさが募った。 「やるべき仕事はどこでも同じですから。 前はホテルのラウンジで働いていたので、 そういう意味では最初はばたつきましたけど……」 「どこでも同じなら、辞めないの?  ハヤトなら、どこででも働けるでしょう。 言葉だって、英語もフランス語も話せるじゃない」  僕は苦笑しながらキッシュを口に運ぶ。 「もうフランス語はずいぶん使ってませんし」 「フランス語なら私がまた教える。英語はまだ話せるでしょう?  ……うちの店でまた働くのはどう? ヒロも絶対喜ぶから」  まさか店を辞めないのかと言われるとは思わず、僕は水を飲んで喉を整えてから口を開く。 「閑は、開店のご挨拶に、ちゃんと伺ったんですよね?  閑がご挨拶してきたって言ったので、 僕はその、てっきり応援してくださっているのかと」  本人からはそう聞いていた。  マダムは口を結んで不機嫌そうに俯く。
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