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   ***** 「はい、かんぱーい」  彩音の音頭でざっくりと飲み会が始まる。  遠也がビールを片手にメニューを凝視している。  これからどんどん頼むに違いない。 「ねえ、カミングアウトしていい?」  揃った料理をつまみ始めた頃に、酒を呷った彩音が重々しく呟く。  それでも、なんとなくたいしたことではないだろうなという予感があって、みんな飲み食いしながら適当な相づちを打つ。 「あのさ、私、フランス行ったことないの」 「うち国産ワインとか、南半球の多いもんね」  別に、実際多いからそう言っただけなのだが、彩音は手で顔を覆う。 「やっぱりまずい?  フレンチのソムリエで行ったことないってまずいかな?  でも、うちで仕入れてるワインは、 全部じゃないけど醸造家にも会ってるんだよ」 「料理に合ってたら、俺はそれでええ思いますけど」 「おぉ、彩音のワインで、何も問題ねぇだろ。なぁ?」  ケンシンに同意を求められて、僕は頷いた。 「問題ないし、彩音の選ぶワインを信頼してる。 それに、フランスに行かなきゃフレンチに関われないわけじゃないんだし」  男連中がそうだそうだと頷くと、彩音が恨めしそうな顔をする。 「んなこと言って、あんたら全員行ったことあるんでしょ。 知ってんだからね」  おそらく三人とも「めんどくさい」と思いながら視線を交わす。 「俺、一応行きましたけど、言うても半年も行ってませんよ。 語学学校ちょこっと行って、その後三ヶ月間の料理学校いっただけやし」  遠也がゴーヤチャンプルをごっそりと自分の皿に盛りながら、フォローするように言う。  もうちょっと煽るようなことを言うかと心配だったが、杞憂だった。 「そんなん気にするって、 彩音さんフランス行っただけで ソムリエの技術上がるとか思てるんですか」  杞憂じゃなかった。僕は遠也の言葉を遮るように口を挟む。 「彩音、チリとかオーストラリアとか、 この仕事始めてから色々行ってるんだろ?  一つの国に行ったことがあるかないかより、 ワインのためにあちこち行ってることの方が大事だし、すごいよ」 「つかさ、隼人あんたソムリエ資格持ってるよね?」  酒に強いはずなのだが、今日は変な酔い方をしているのだろうか、彩音が両手で僕を指さし、じめっとした視線を向ける。 「若いときにエキスパート資格とっただけだよ」  ソムリエの資格は、五年以上飲食サービス業に従事していないととることができない。  僕は年数が満たないときに、ワインエキスパート資格をとってそれきりだ。
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