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「とらないの? メートルって結構持ってるでしょ」  彩音に尋ねられて、僕は天井を眺めながらビールを飲んだ。 「んー……、取らないかな。 日本だと、ソムリエバッジ着けた瞬間に、 扱いがソムリエになっちゃうから」 「っかー、いちサービススタッフでいたいってか。 かっこつけるよねー男子って」  彩音の酔っぱらい方がいよいよ面倒だ。 「ケンシンが一番在仏長いんじゃない?」  僕が話の矛先をずらすと、ケンシンは軽く眉を寄せた。 「まぁ、そうか」 「長く向こういると違います?」  遠也が世間話のように尋ねる。 「どうだろうな、俺のいたところは移民も外国人も多かったから、 そう言う意味でも勉強になったけどよ。 多分、あの店って多かったよな」  ケンシンに視線を向けられて、僕はビールを一口飲みながら考え込む。 「多い方じゃないかな」  遠也がきょとんとした顔をした。そういう表情をすると若く見えるなと思った。 「……隼人さんとケンシンさん、同じ店おったんですか」 「あー……、おう」  ケンシンが僕を視線で伺いながら肯定した。 「閑さんも、同じ店やったんですか」  ぎこちなくケンシンが頷いて、遠也がさらに何か訊こうとしたが、彩音が大きい声を出した。 「私は閑と高校一緒。調理科卒。隼人は普通科だったよね」  遠也は今日得た情報の多さに少し眉を寄せてから、ようやく気がついたように口を開く。 「ん、え? 彩音さん調理科?  てことは、元料理人ですか? なんで辞めたんですか」  彩音はぐいーっとお酒を呷ってから大きく首を横に振る。 「辞めたっていうか、料理人だったことない。 私さ、めっちゃくちゃ手が遅くて、 早くやっちゃうと粗くなっちゃって、 練習はしたんだよ? 家でもひたすら野菜切って。 ……でも結局落ちこぼれのまんまで、 高校いる間に、あーもうこれはお店でやってくのは無理かもって思ったんだ。 それで栄養士目指そうと思って家政大受けたんだけど落ちて、 結局普通の大学行った」  彩音は自分のグラスを少し寂しそうに見つめる。 「諦めてたんだけど、 大学で飲食のバイトしてたらやっぱり好きだなーと思って、 ワインにはまって、で、今ここよ」 「え、あの、じゃあまき乃さんとはどこで……」 「まき乃さんは、閑が最初に就職したレストランの先輩だろ、確か。 まき乃さん、その店でスーシェフまでやってたんだよな」 「え、閑さん、そんなすごい人よう誘えましたね」  次々と尋ねる遠也に、グラスを置いた彩音が「遠也」と叱るような声を出す。
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