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「閑の過去が気になるのはわかるよ。 私も気になるもん。 でもさ、私みたいに無理だーって早々に諦めちゃう奴もいるしさぁ、 修業先で潰れた同級生もいるしさぁ、 海外で修行だ! って言って、 つなぎのつもりの日本料理屋のバイトが本業になったとか、 そんな話も聞くじゃん」  遠也がもそもそとスパム焼きをかじりながら頷く。  ケンシンは、腕を組んで彩音の言葉を静かに聞いていた。 「諦めちゃう人間も、諦めなきゃいけなくなっちゃう人間もいるんだよ。 それで、いっかい長く離れちゃったら、 また一線にすっと戻ってこられるような優しい世界じゃないの、 わかるでしょ」  周囲のテーブルの賑やかさが耳につくほど、僕らの周りが静かになった。 「だから、閑の過去がどうでも、 閑はもうオーナーで、それ以外じゃないんだよ。 だったら、わざわざほじくんなくていいんじゃない?」 「…………ぅす」 「それ否定?肯定?」  遠也の曖昧な返事を、彩音が笑いながら混ぜ返す。静かになった空気を壊したかったのだろう。 「でも、一個だけ聞きたいです」  僕らは、無言で遠也の言葉の続きを待った。 「閑さんの料理て、俺みたいなこう……軽めのやつですか、 キュイジーヌ・モデルヌ(現代料理)寄りの」  ケンシンが、促すように僕を見た。 「クラシックな料理だったよ」  それを聞いて、遠也は何度か瞬きをして目を逸らす。 「……そう、ですか」 「ほら、飲め遠也」  遠也の肩をケンシンがバシッと叩くと、遠也は必要以上に顔を歪めた。  その後はただくだらない話をして飲み会はお開きになり、僕らは遠也におごろうとしたが「人に金出されんの嫌いなんで」という遠也に押されて割り勘にした。  酔っ払った彩音を支えつつ、アルコールで熱っぽい呼気を吐き出す。 「でも、楽しかったよな」  横で呟いたケンシンを見上げると、彼は目を逸らしてまっすぐ前を向く。 「フランス」 「……あぁ」  楽しかった。  そして、思い出すたびにどうしようもなく甘く苦しい。
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