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 他のキュイジニエ(料理人)が首を傾げるようなことの根っこを、彼は感じ取って掴む。  若い閑がこの地位についていることには、それだけの理由がある。  ここはそういう世界で、そういう仕事だ。  だから、僕が彼より数歩遅れているのも、きっとそれだけの理由がある。  ――僕も、早く追いつきたい。 「つかれたー」  と、閑は僕にもたれると、鎖骨のあたりに鼻先を近づけてふっと笑う。 「いいにおい」 「閑もシャワー浴びてきたら」 「んー」  唸るだけで立ち上がる気配がない。  顔をのぞき込むと完全に目を伏せていた。 「寝るなら、先に風呂」  ともう一度言ったら、彼の目がパチッと開く。 「チューしてくれたら入る」  いつもちょっと上がった口角が、今日はこころもち下がっている。 「じゃあ入んなくていいよ」  僕がそう言い渡すと、閑はくっくっと笑って僕の肩にもたせかけていた頭を上げる。  鼻先が触れそうなほど顔が近い。 じっと見つめられて息が詰まる。  それを見て、閑の目が蕩けるように細められた。 「入るよ」  ささやかなつぶやきの後、柔らかく唇が重ねられて、思わず目を閉じる。  しばらく重ね合わせてから一度ついばんで離れていった。  その唇から紡がれる言葉は、さっきよりわずかに熱を帯びている。 「隼人……今日、いい?」  僕は答えの代わりに、自分からもう一度唇を重ねた。 「シャワー、浴びてから」 「はーい」  一度嬉しそうに僕に抱きついてから、タオルと換えの下着だけ持っていそいそとバスルームにいった。  熱くなっている顔を手のひらでこする。  まだ心臓が跳ねている。  それがなんだか恥ずかしくて悔しくて、僕は一人で顔をしかめる。  いつからだろう。  いや、わかっている。初めてキスをしたのがいつだったかも、初めて体に触れるようになった時も、初めて、閑と体を繋いだのも、覚えている。  でも、閑はいつから、僕をそういう対象として見ていたのだろう。
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