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 顧客カードを確認しながら、今日の予約と照らし合わせる。  リピーターのお客様が二組、ただ二組ともお連れ様はおそらく初めてのようだ。 「彩音ー、ちょっといい?」 「はーい」  間の抜けた声でとことこと僕の方へやってくる。 「今日の須藤さま、プライベートでのご利用で、 お越しいただくの三度目で」  僕の手元の顧客カードをのぞき込み、「あぁ」と覚えているらしき声を出した。 「カリフォルニアワイン好きだっておっしゃってた」 「うん。でさ、前にあれ頼んだとかそういう会話NGなんだけど」 「わかってるって」  うちの店ではこちらから前回お越しいただいたときの話を振るのはNGだ。  レストランの食事では、もてなす側であるホストのお客様と、そのお客様に連れられてやってくるゲストのお客様が明確に分かれている場合も多い。  連れてくるゲストが変われば、ホストであるお客様とゲストの関係性はもちろん、食事の目的も変わる。  話題は慎重に選ばなくてはならないし、あくまで料理を楽しむためにサービスがあると僕は思っているので、馴れ馴れしくなってしまわないようにかなり気を遣う。 「でももし、 向こうから前来たときのお話振られたら 前に飲んだものとか、傾向からのおすすめ提案して」 「了解。 えっと、あー、今出してるメニュー召し上がるの二回目なんだね。 前と別のワイン楽しんでいただいたらいいかな」 「うーん、まぁお客様のお話聞いてからかなぁ。 前注文したワイン覚えてないって思われるのもまずいからね」  お客様はこちらがお客様を「覚えていたこと」をとても喜んでくださる。  だから前回の話題は、こちらから振るのは避けたいが、それが許される状況であればお伝えする。  そうすることで食事という一回一回区切りのあるサービスが連続したものになって、お客様と店の精神的な距離が近くなるのだ。
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