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「どうなると思う? この店」  逸らすように話しを振ると、オーナーは考え込むように「んー」と唸った。 「まぁまだオープンしたばっかだけど、 遠也(とおや)の料理うまいし。26歳なら、まだまだ伸びるし。 あ、盛り付けはもうちょい直してほしいけどな」  まだ年若いシェフへの評価は僕も同意見だった。  澄んだ印象の料理と違い、本人は文学青年っぽくて、見た目は悪くないのにもっさりとした印象が抜けない。 「遠也とケンシンめっちゃくちゃ性格の相性悪かったからどうなるかと思ったけど、まき姉が間に入ってくれてるから、思ってたよりもめなかったしね」  その言葉に僕はわずかに眉を上げる。 「思ってたよりは、だろ。厨房でしょっちゅう言い争ってるよ」 「あー、そんなにもめてる?  ケンシン結構シェフ立てる方だと思ってたんだけどなー」  パティシエの謙信(けんしん)と、僕は同じ店にいたことがある。僕としては知っている相手との仕事はやりやすかった。 「遠也がケンシンにめちゃくちゃつっかかるからね」 「なるほどなー、あいつ結構誰にでもそういうとこあるもんね。 本当、まき姉いなかったら厳しかったな」 「まき乃さんの仕事量、やばいんじゃないの?」  コミのまき乃さんは、シェフとパティシエのアシスタント、皿洗いや雑用まで担い、実質彼女がいなかったら厨房は回らない。  ちなみに、オーナーとの間に血縁関係はなく、「まき姉」というのは彼が使っている愛称だ。 「そもそも、まき乃さんてコミやるような人じゃないでしょ」  うちのスタッフでは一番年長の32歳で、経験の長さだけでなく、能力も高い。僕の言葉にオーナーは深く頷いた。 「俺も、スーシェフやってくださいって言ったんだけど、 フレンチはブランクあるし、一からやり直すつもりだからコミにしてくれって」  厨房スタッフは三人なので、まき乃さんがコミだったとしてもスーシェフだったとしても、する仕事量や内容に差は無いのかもしれないが、まき乃さんなりの覚悟なのだろう。
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