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「おかえり」
「閑、昼飯食った?」
んーっと伸びをして、閑がもぞもぞと起き上がる。寝起きの顔をこすりながら、あくび混じりの声を出した。
「まだ。隼人のこと待ってた」
「先に食べててよかったのに」
閑は立ち上がると腹のあたりを掻きながら冷蔵庫のドアを開ける。
家では料理をしないシェフもいると聞くが、閑はプライベートでも料理をすることを厭わなかった。
「来週さぁ、ケンシンとかマチアスとかと飯食うじゃん。
そんとき何作ったらいいと思う?」
昼食用であろう材料をいくつか取り出しながら、眠気の抜けない声を出す閑に僕は眉を寄せた。
前の店にいたときも、出勤は僕より早く、帰りは僕よりも遅かった。
それに拍車がかかっている。昨日はいつ帰ってきたのか気づかなかった。
「忙しいんだろ? どこかで食事でいいんじゃないか?
あの東アジア料理屋とか、ケンシン好きだし」
東アジア料理屋というのは、僕らが勝手にそう呼んでいるだけだ。
中国系の店主がやっているチャイニーズレストランに、温情のような感じで日本っぽい料理や韓国っぽい料理がメニューとして入っている。
日本の料理をよく知らずに作られているので、愉快な仕上がりになっているが、僕たちはたまに行っていた。
「あそこ、あんまりうまくないんだけど、何か楽しいんだよねー。
でもまぁ、俺が作るよ」
野菜を洗う閑は笑顔だったけど、どこか疲れているように見えた。
「……あんまり無理するなよ?」
僕が声をかけると、閑はナイフを手に野菜の皮をむきながら「そっちだって」と呟いた。
「閑?」
「なんでもない」
聞こえていた僕は眉をひそめて、キッチンの側へ行く。
「別に、僕は無理してない」
そこまで気にするような言葉ではないのに受け流せなかった。
閑の言い方には僕に対する棘があった。
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