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「ならいいよ、ごめんね」  へらっと笑う閑の作り笑顔に、更に腹が立つ。 「言いたいことあるなら言いなよ」 「俺より、隼人の方が無理してるんじゃないかなーって思っただけ、 ほら、心配だからさ」  きれいな手つきで野菜の皮をむく閑は、当たり前だが作業する手元を見ていて、僕の方を向かない。 「閑が頑張ってるのに、僕が手を抜くわけにはいかないだろ。 できることは全部やらないと」  閑が顔を上げる、珍しく真面目な顔だった。 「俺はシェフだから色々やることあるけど、隼人は……」  彼が言いかけた言葉に、僕は青ざめた。  閑もそれに気づいて、目を逸らす。 「ごめん、今のは違う」 「……違わないだろ」  声が怒りで震えた。  手も、わなわなと震えだして、心の中では他人事のように、怒りで震えるって本当にあるんだなと思う自分もいるのに、止められない。  閑がナイフと野菜を置いて、心配そうに僕を見る。 「違うよ、そういう意味じゃない」  違わない。シェフの閑と、シェフ・ド・ランの僕では、背負っている責任の重さも、仕事の量も異なっていると言いたいのだ。 「わかってるよ。わかってるから、急いでるんだろ。 早くメートルになりたいんだよ、僕は!」  閑の顔は、心配と、困ったような色が重なる。  感情が高ぶっているのは僕ばかりで、それにまた腹が立った。 「焦らなくても、隼人はいつかメートルになるよ」  いつかなれるからと足を止めたら、意味が無いじゃないか。 「だから、そんなに無理しなくてもよくない?  俺たち、こうして家で顔合わせるのだって、一週間ぶりなんだし」  無理をしなければ、追いつけないじゃないか。 「店でいくらでも会ってるだろ」 「そういうことじゃなくて……。なんでわかってくれないんだよ」 「そんなの、こっちの台詞だよ」  どうしてわかってくれないんだ。  僕にとって、部屋で二人の時間を分かち合うことよりも、店で仕事をすることの方がずっと重要だった。  しばらくお互いに黙ったままで、閑は食事の準備に戻る。  無言での重苦しい食事を済ませて、僕が洗い物を終えた頃だった。
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