264人が本棚に入れています
本棚に追加
「ならいいよ、ごめんね」
へらっと笑う閑の作り笑顔に、更に腹が立つ。
「言いたいことあるなら言いなよ」
「俺より、隼人の方が無理してるんじゃないかなーって思っただけ、
ほら、心配だからさ」
きれいな手つきで野菜の皮をむく閑は、当たり前だが作業する手元を見ていて、僕の方を向かない。
「閑が頑張ってるのに、僕が手を抜くわけにはいかないだろ。
できることは全部やらないと」
閑が顔を上げる、珍しく真面目な顔だった。
「俺はシェフだから色々やることあるけど、隼人は……」
彼が言いかけた言葉に、僕は青ざめた。
閑もそれに気づいて、目を逸らす。
「ごめん、今のは違う」
「……違わないだろ」
声が怒りで震えた。
手も、わなわなと震えだして、心の中では他人事のように、怒りで震えるって本当にあるんだなと思う自分もいるのに、止められない。
閑がナイフと野菜を置いて、心配そうに僕を見る。
「違うよ、そういう意味じゃない」
違わない。シェフの閑と、シェフ・ド・ランの僕では、背負っている責任の重さも、仕事の量も異なっていると言いたいのだ。
「わかってるよ。わかってるから、急いでるんだろ。
早くメートルになりたいんだよ、僕は!」
閑の顔は、心配と、困ったような色が重なる。
感情が高ぶっているのは僕ばかりで、それにまた腹が立った。
「焦らなくても、隼人はいつかメートルになるよ」
いつかなれるからと足を止めたら、意味が無いじゃないか。
「だから、そんなに無理しなくてもよくない?
俺たち、こうして家で顔合わせるのだって、一週間ぶりなんだし」
無理をしなければ、追いつけないじゃないか。
「店でいくらでも会ってるだろ」
「そういうことじゃなくて……。なんでわかってくれないんだよ」
「そんなの、こっちの台詞だよ」
どうしてわかってくれないんだ。
僕にとって、部屋で二人の時間を分かち合うことよりも、店で仕事をすることの方がずっと重要だった。
しばらくお互いに黙ったままで、閑は食事の準備に戻る。
無言での重苦しい食事を済ませて、僕が洗い物を終えた頃だった。
最初のコメントを投稿しよう!