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ランチはトラブル無く、盛況のまま終えることができた。
ソティやロティ(ロースト)など、パティスリーでは食べられないものはやはり好評で、喜ぶお客様の顔が多く見られた。
ランチを終えると、いつものようにみんなで賑やかにまかないを食べるという訳にもいかず、それぞれかき込んでは自分の仕事に戻るという状況だった。
僕たちサービススタッフも、ディナーの方が、忙しい。
ランチのスイーツコースでは、アルコールを注文するお客様は少なく、彩音も給仕に回ってくれた。
ディナーは満席、料理のサーブもワインのサーブも手一杯だ。
もとより、大規模なレストランでないとはいえ、二人で回すには少し客席が多い。
うぬぼれる訳ではないが、僕だから彩音と二人でも回せている。皿の数、つまり提供の回数を増やしてどれだけサービスのレベルを保てるか、不安がないわけではなかった。
いつもよりあっという間の休憩時間が過ぎ、僕と彩音は、緊張したお互いを励ますためにスポーツマンのような堅い握手を交わした。
ムニュ・デギュスタシオンが始まる。
「三番のお客様遠方(トイレの隠語)です!」
「うそっ、もう魚に火入れ始めちゃったんだけど!」
「すみません、なんとかして下さい。
おい遠也、さっきも肉急かしただろ!」
「前菜がやってもやっても終わらへんのですよ!
誰やこんなに品数増やしたん、俺や!」
「遠也、壊れないで! あたし一人になったら死ぬ!」
「彩音に、ワイン勧めてもらって時間稼ぎます」
「俺に、何か手伝えることあるか?」
「ありがたいけど今は話しかけないでくれケンシン!
あぁあとスープもそろそろだから、遠也かまき乃さんお願いします」
裏でいくら地獄のようなことが起きていても、そんなことはお客様には関係ない。
ホールでは、彩音が笑顔でお客様にワインを注いでいるが、笑顔がこわばり始めている。
こっそり彩音に時間を稼ぐ件を伝えると、頷いた後で一瞬だけ泣きそうな顔になり
「ペアリングのワイン訳わかんなくなりそう」
と零した。
料理ごとにグラスで提供しているため、いつもよりも種類が多いのだ。
そして、食事の進むタイミングもディナーが始まったばかりの時よりもばらけ始めて、どのテーブルがどこまで進んでいるのかわかりにくくなってきたのだろう。
「大丈夫。本当にわかんなくなったら僕に言って。
食事の進みも、彩音が決めたワインも全部ちゃんと把握してる」
僕もこの仕事量というのは久々で、これ以上はきつい状況だったがそう言った。
彩音が少し表情を引き締めて頷く。
「がんばる」
そう言うときれいな笑顔を浮かべて、お客様にワインを勧める。うまくお客様の興味を引いて、ワインについての説明をしていた。
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