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 閉店後、僕と彩音はまたスポーツマンのような握手を交わし、今日のお客様の話などをしながら片付けと掃除を終えた。  彩音は先に戻ってカードの記入をしている。  掃除の最終チェックを終えたホールからキッチンに行くと、既に私服に着替えた遠也がいた。  僕を見て「あっ」という顔をしたが、しばらく何か言おうか言うまいか悩んでいる様子だった。 「どうした?」 「いや、あの……、ありがとうございました」  そう言って頭を下げる。  遠也がサービススタッフにそういうことを言うのは、初めてだった。 「僕は僕の仕事しただけだよ」 「今日、みんなでおんじゃく行こうて話してたんですけど、 隼人さんも行きますよね?」  僕が行くのをちょっと嫌がっていたこともあるくせにと思うと少し笑いそうになった。 「行きたいけど、 顧客カードとか、今日中にやりたい作業があるから、 いけそうだったら連絡する」  僕の答えに、遠也はわずかに肩を落とす。 「閑さんも、なんか遅れてくるようなこと言うてました。 明日休みやし、多分遅くまで飲むんで、終わったらラインください」  遠也と閑の関係を、かつての僕と閑のようなものだと勘ぐっている訳ではない。  でも、遠也なら、きっと閑と話し合えるのだろう。料理人と、それを志していたものとして、対等に。  結局最後まで、閑に追いつけなかった僕とは違うのだと思うと、まだ胸に重苦しいものが満ちてしまう。  でも、今日は楽しかった。  薄給で拘束時間が長いこの仕事を続けているのは、僕がこの仕事を好きだからだ。  もう若いころの約束とは違う場所で、僕はこの仕事をしている。  気づいてしまった事実に、寂しさもあった。  でも、閑と離れ、レストランの仕事から離れた後でも、僕は、サービスの仕事からは、離れられなかった。  遠也に対してはまだ複雑な感情もある。きっとしばらくその思いは消せない。  それを抱えながら、僕はこれから遠也と組んで仕事をやっていくのだと思った。  閑とは、ただのオーナーとメートルとして。
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