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事務室で作業をしているらしき閑には声をかけず、バックヤードで一人、顧客カードを記入した。
ワインは何を注文したか、食事中の様子はどうだったか、何を話していたか。
それを終えたら、今度は別紙に特に評判のよかったメニューを記入した。
ランチではルバーブのソティ、ディナーは白身魚の前菜にメインの鹿肉、SNSを検索すると、ランチの写真が何件か上がっていた。
概ね好意的だ。
画面いっぱいの鮮やかな写真に目が疲れて、椅子にもたれて目を伏せる。
いけない、と思いつつ、眠気が襲ってきた。
そのまま眠っていた僕の意識が少し浮かぶ。
何か、心地よかった。
――何か、懐かしい。
髪を梳かれているような感覚がした。
その優しい指先がひどく懐かしくて、その手に頭を擦り寄せる。
一瞬、指先が強ばったが、また僕の髪を梳いた。
――閑の手だ。
それに気づいてすぐ、体が固まった。
夢であってくれと目を開くと、閑が僕を見つめていた。
立っていた彼が身をかがめて、顔が近づいてくる。
髪を梳いていた指が、僕の耳と頬をなぞる。
その瞬間、僕はその手を払いのけていた。
肌を打った音と、閑の痛みに歪んだ顔。
「……隼人」
ただ名前を呼んだだけの閑が何を言いたかったのかはわからない。
聞きたくもなかった。
「お前、僕がそんなつもりでこの店にいると思ってるのか!?」
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