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#10
胸の底がガタガタと震えていた。
立ち上がると椅子が倒れる。構わずに自分のロッカーから鞄を掴む。
「待って、隼人」
「うるさい!」
ロッカーを乱暴に閉め、裏口から店を飛び出した。
怒りのまま、家への道を歩き続ける。
周囲の人がちらちらと僕を見ていて、そのときにやっと自分がまだ制服姿だということに気づいた。
タイをもぎ取るように外し、ベストを脱いでタブリエを取ると、鞄に突っ込む。
そのまましばらく歩くうちに、歩みが鈍る。
息が詰まった。目の奥が熱くなる。
泣きそうになるのを必死で堪えた。
――やっと、ただサービスの仕事をやっていけると思ったのに。
閑が僕をどうしたいのかわからない。
メートルとしてはともかく、僕個人のことは、もう嫌になったはずじゃないのか。
だから僕も、あの時の約束は過去にして、サービススタッフとして一人で生きていきたいのに。触れられただけでこんなにも気持ちが乱れる。
あのまま、ホテルの仕事を続けていればよかったのかもしれない。あるいは帰国しなければよかったのかもしれない。
でもきっと、閑に手を伸べられたら、僕は何度だって頷くんだろう。
背を丸めて、ふらふらと家路を辿る。
思い出したくないのに、フランスでのことばかり、頭の中に浮かんでは流れていった。
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