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閑はシェフとして、とても順調に進んでいた。
開店後すぐの、経営が軌道に乗るかどうかという張り詰めた時期を越えると、その店は観光客だけではなく、地元の人にも愛された。
外国人でありながら好意的に受け入れられたのは、彼のキャラクターによる所も大きいだろう。
若い東洋人シェフが作る、クラシックなフレンチは、彼が外から来た人間であるからこそ余計フランスらしく、良さがわかりやすく、誰が食べてもわかるおいしさになっている。
そんな風に評する人もいた。
「別にどこ出身でも同じキュイジニエ(料理人)なのになー」
と、それっぽいことをいいながらも、嬉しかったのか閑は何度もその記事を読み返していた。
お互いに多忙なのは変わりなかったし、仕事のことでは時々諍いもあった。
それでも、一つだけ、変わったことがある。
「おめでとう」
この店のパティシエの二番手になったケンシンが、僕の肩をバシッと叩いた。
「おめでとう、ハヤト!」
「ついにハヤトが昇進かー」
「遅すぎたくらいじゃない?」
僕は祝いの言葉に、笑顔が隠しきれない。
僕はシェフ・ド・ランからメートル・ドテルに変わる。
この店のディレクトールから、僕の昇進と、これからのサービスチームの変更が言い渡され、後は普段の予約確認などに移っていく。
ミーティングの終わりに、閑が僕の側にやってきて手を出した。
囁かれたのは日本語。
「おめでとう、隼人。すげぇ嬉しい」
「ありがとう。……お待たせ」
ぐっと握手をする。
思わず強く握ってしまったが、閑があまり握り返してこないのを感じて、はしゃぎすぎたかと手を離す。
隣には立てないまでも、ようやく閑の背中が近づいたことに、僕は嬉しくてたまらなかった。
閑は明るい目で、笑顔を見せる。今度はフランス語で言った。
「頼りにしてるよ」
「任せて下さい、シェフ」
ちょっと気取って言ってみせると、閑も周囲も笑ってくれた。
閑の目が輝いている。
みんなが笑ってくれてよかった。ちょっとでもしんみりした空気になったら、涙ぐんでしまいそうだった。
その日は、前の店に残っているサービススタッフの仲間たちからも昇進を祝うメッセージが届いた。
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