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 テーブルに、閑が作った料理を並べて、彼がシャンパンを手に取る。  布を被せて右手でコルクを押して抜栓しようとする最中で、閑が眉を寄せた。 「僕がやろうか?」 「いや、こればっかりは俺がやらないと」  そう言ってまたコルクを親指で押すと、彼の肩の辺りが強ばった。  僕は思わず手を伸ばして、彼の手首を掴む。 「閑、痛むのか?」  その言葉に一瞬閑が表情を失って、笑顔で顔を上げる。 「仕込み頑張り過ぎちゃった。 ……でも、お祝いだし、これは俺が開けて、こう……お酌したい」  もう一度コルクを押すとポンと音がして、閑がそっとグラスにシャンパンを注ぐ。 「……いつからだ?」  そう尋ねると首を傾げて「乾杯しようよ」と言われた。  渋々グラスを上げて乾杯する。 「閑、前から痛みがあるんじゃないか?」  痛むのかと尋ねた時の閑の反応が気になった。 「ある程度は職業病でしょ。シェフになってからは忙しかったからね。 最近下に任せられることも増えたから、平気平気」  つまり前から痛みがあるということだ。  手を酷使する仕事だから、痛みを感じる時も、慢性的にそれを抱えている料理人もいる。でも、心配だった。 「病院に行った方がいいんじゃないか」  真剣に言ったつもりだったが、閑から返ってきたのは笑顔だった。 「もうちょっと様子見たら行ってみるわ。ありがとね、心配してくれて」  胸が苦しくなる。  閑のあしらうような態度に、思い知らされる。メートルになっても、僕らはまだ対等ではないのだ。  閑の腕の様子は、これからも注意して、よくならないようなら、必ず病院に行かせよう。  でも、今日だけは言い争いたくなかった。 「ほら、隼人の好きなのいっぱい作ったから、食べて」  初めて食べた閑の料理が、キャロットラペだった。  だから何が食べたいか聞かれるたびそれをせがんで、すっかり閑の得意料理になり、僕の好物になってしまった。  初めて食べたときのヒロさんのレシピにアレンジを加えて、今はすっかり閑の味になっている。  仕事でもっと閑に追いつけたら、彼は僕の話を聞いてくれるようになるのだろうか。
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