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   ***** 「野ウサギのロティです」  野ウサギはフランスでは一般的なジビエだ。  ただ、癖があり、肉が硬く、さらにはパサつきやすい。  だからこそ調理にかなり気を遣うが、野性味が消えてしまっても面白くない。やっかいな素材だ。  でも、 「おいしそうね」  お客様の言葉に笑顔を返す。  皿の上の料理を見ているだけでわかる。  この難しい食材が、どれほど完璧な出来上がりになっているか。  ――これは閑のスペシャリテになる。  デクパージュは、見て楽しいというだけではない。  調理してから熱が冷めないうちにお客様のもとへ届けられる。  メートルは、そのおいしさを絶対に損ねずにサーブする。  デクパージュは、食材の構造を料理人と同じだけ知っていなくてはできない。  優雅な身のこなしで、だけど真剣に、僕はロティを切り分けて皿に盛り付ける。  口に運んだお客様の、目が輝く。  驚きに近い、笑顔。 「これ……」 「うん、すごくおいしい」  サービスを終えて静かにテーブルを後にする。  胸が熱い。  やっぱり、閑の料理はすごい。  食べた人を、いつだって楽しませ、喜ばせる。  今僕は料理とお客様の間に立って、その手伝いができた。  大丈夫だと思った。  サービスのトップにはまだなれていないけれど、ここまで来られた。  閑と今日、話し合える。
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