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遠也の態度に苛立ったらしいケンシンが何か言おうとしたが、まき乃さんがケンシンを制すように軽く手を挙げて口を開く。
「ねぇ遠也、デギュスタシオンの方、
先月と同じ料理とか、現在のコースに入ってる料理も入れてね」
「なんでですか」
くぐもった返答に、まき乃さんが真面目な表情で遠也に体を向ける。
「ムニュ・デギュスタシオンの意味言える?」
「……テイスティングメニュー」
「そう、試食とか味見とか……お試しメニューってこと。
最初は全然お客さん来なかったから、
人呼ぶためにも気合い入れなきゃいけなかったし、
そもそも開店休業だったから暇だったよね」
「……、はい」
遠也が食事を飲み込んでから頷いた。
「デギュスタシオンも、スイーツコースも、
あくまで月一のイベントなんだからね。
うちの店を知ってもらうために、
遠也とケンシンの腕を知ってもらうためにやるの」
「がんばらなあかんのは変わりないでしょ」
「そうだけど、
一番大事なのは、毎日のコースをちゃんと作って出すことだよ」
遠也がむすっとした顔で黙り込む。
閑が気遣うような視線を向けた。
「新規のお客様にうちを知ってもらうために始めたやつだからさ、
通常営業が一番大事ってのは本当にそうだよ。
望んでるお客さんに出すのは大事なことだけど、
俺だって普段のコースの完成度崩してまではやりたくねーよ。
だから、無理だったらいいからな」
また遠也は「んす」だか「うす」だか曖昧な返事をして、皿を持って厨房へ下がっていった。
「……デセールの問い合わせ多いって言わない方がよかったかな?
悔しくて不機嫌になってない?」
「どっちの方が反響大きいかは関係ねーだろ。
スイーツコースは珍しさで人が来てんだし、
実際にリピートに繋がるお客さんの割合は、
デギュスタシオンの方が多いだろ」
「まぁね」
このときは、あんなことになるとは思っていなかった。
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