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プロローグ ロシア北部
пургаになりそうだ……。
オレグ・ガザンチェフは森林の入り口で一旦止まり、進むべきか迷った。
ロシア陸軍の特殊部隊で鍛えられた自分だけであれば、たとえ深い森林地帯でпурга――つまり猛吹雪に巻き込まれようと、生き残る自信があった。
しかし今、まだ10歳になったばかりの息子イーゴリ・ガザンチェフが、その小さな手で父である自分の右手を掴んでいる。
来た道を振り返るオレグ。
ほんの数週間であるが、シベリアの片隅にあるあの小さな集落は、ガザンチェフ親子を優しく迎え入れてくれた。
20××年――21世紀半ばになる現在まで、厳しい気候の中でも科学技術の発展からは遠くにいる集落だった。人口も千人に満たない。
だが、そこには温かく人間らしい暮らしがあった。
母――オレグにとっては妻――を3年前に失ってから、モスクワでは都市生活になじめず緘黙になりがちだったイーゴリも、あの集落の人々とはうちとけていた。
ここにずっと住み続けてもいいかもしれない……そう思い始めてもいた。
ロシア陸軍の一部で行われていた不正に気づき、告発しようとして襲われたオレグ。イーゴリを一人にするわけにもいかず、連れて逃げた。
当然のように追っ手がかかり、必死の逃亡の末、身を隠した集落だった。叔父であるユーリ・ガザンチェフと親しい者が長を務めていたため、手厚く匿ってくれた。
人々は皆優しく、イーゴリにも友達ができた。
官僚としてロシア政府内でそれなりの地位にあるユーリに事情を説明し、不正を明らかにしてもらうつもりだった。しかし、そのユーリは現在大使として日本に赴任している。こちら側の体制を整えるまで、しばらく集落に身を隠していたかったのだが……。
その期間を黙って待っている敵ではなかった。
ロシア陸軍の不正の中枢にいる者達は、地位を利用してあらゆる情報網を駆使し、集落にオレグ達が逃げ込んだことを突き止めた。
そして、オレグの古巣である特殊部隊の小隊――おそらく2分隊、20名――を送り込んできた。我々親子を抹殺するためである。
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