第1章 ブラック勤務

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「ただいま……」 ぱちっと電気の点いた部屋の中は、妙に白々しかった。 「疲れた……」 荷物をそこらに放り出し、ベッドにごろんと寝転ぶ。 以前は武がきて、待っていてくれたりした。 武にぎゅーっと抱きしめられるだけで、疲れも吹っ飛んだものだ。 けれどいまは、そんなことはない。 そこかしこに置かれていた彼の荷物も、いつの間にかほとんどなくなっていた。 「お風呂、入ろう……」 ふらふらと浴室に行き、お湯を張る。 今日は、というか今日も、カモミールのミルクバスにしよう。 浴槽の中で膝を抱え、丸くなる。 「……もう、辞めよっかな……」 ぽつりと呟いた声が、浴室の中に響く。 最初こそやりがいを感じていたが、それは次第に苦痛になっていった。 片付けても片付けても、次々にやってくる仕事。 冷たい、彼氏。 だいたい今日だって、ひと月ぶりぐらいのデートだったのだ。 なのに中止になった上に、武の反応はあれ。 「……なんで、こんなことになってんだろう……」 水面にぽつぽつと滴が落ちてくる。 ……涙? ううん、これは濡れた髪から落ちる滴だ。 翌朝、出社と同時に課長に詰め寄った。 「鶴沢さんの補佐、外してください!」 もうすぐ四十代、最近の悩みはメタボの入りはじめたお腹と中学生の娘に近頃できた彼氏、という田辺(たなべ)課長は、私の剣幕に目を白黒させている。 「え、えーっと……」 「だから。 鶴沢さんの補佐、いますぐ外してください!」 「え、えーっと、ね……?」 どうどうとまるで私を宥めるかのように田辺課長は両手を出し、視線を泳がせた。 「その、鶴沢君のいないところでこんな話をするのもどうかと思うし……」 「もう! 限界! なんです!」 私の大きな声に視線が集中する。 けれど私と田辺課長が言い争っている……というか、一方的に私が捲したてていると知ると、「ああ、またか」という顔ですぐに各自、仕事の準備に戻っていった。 それほどまでにもう、これはいつもの光景になっているのだ。 「あー、あれだよね? 亀ヶ谷さん、疲れているんだよね? 先週も休日出勤していたし、前に休み取れたのっていつだっけ? よし、今日は僕の権限でお休みあげるよ。 ほら、今日休んで、明日明後日土日で三連休。 ほら、欲しいでしょ、三連休」 「そういう話じゃなくて……!」 「そうと決まれば善は急げ。 はい、さっさと帰ろーねー」
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