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大学時代から続けていたキャバクラをやっと辞めて、このバー『Mirage』でバイトを始めたのは、ほんの二週間前。知り合いのツテで入店した。
カジュアルな雰囲気のいわゆるショットバーで、カラオケやダーツもある。客層は若めで、数人で来るお客が多く、いつも賑やかだ。
五、六人いるスタッフも、恐らく二十三の私とさほど変わらない年代ばかり。店長とかマスターとか呼ばれているオーナーの息子でさえ、まだ三十だ。妙な気を使わなくていいから、とても働きやすい。
私は入店して以来、ずっと三人番だった。でも今日はいるはずの店長が常連の居酒屋で飲んでいて、彼と二人。よくあることらしい。
世間は給料前の月曜で、真冬で外は寒くて、ついでに朝から重い雨。お店はかなり暇だ。ついさっきカウンターのおひとり様が帰って、今は奥のボックス席の四名しかお客がいない。
カウンターの上に取り残されたグラスや灰皿を下げ、洗い物を始める。雨の気だるさのせいか、大きな欠伸が口から漏れたとき。
「理子ちゃん、寝不足?」
彼、翔くんが突然話しかけてきたのだ。
今まで何度か一緒に仕事しているものの、翔くんにこうして話しかけられたのは初めてだ。カウンターのお客を交えて一緒に話すことはあるし、仕事は教わる。でも個人的な話は全くしたことがない。
「え? あーうん。最近眠れないの」
少し戸惑いながら答えれば、彼は「ふーん、なんで?」と聞き返した。
「エアコン壊れ気味みたいで、寒くて」
「そうなんだ。じゃあ──」
そして「一緒に寝よう」と言い出したわけだ。変な人、っていうのが正直な感想。
「ところで、理子ちゃんって彼氏いないの?」
でも、やっぱり色っぽく微笑む翔くんから、嫌っていうほど男の匂いを感じた。
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