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◇
なんでもいい時間、私とお母さんが家を出ようとしていたとき、トイレのお父さんが、私の知らないおじさんにすり変わっているのに気づいた。
私はお母さんの袖を引っ張って言った。お母さんは靴を履こうと、立ったまま指を靴に差し込んでいた。
ねえお母さん、と私は言った。
「トイレのお父さんが、知らないおじさんに変わってるよ。あれ、私の知らないおじさんだよ」
お母さんは私を無視して、ドアノブに手をかけた。
「何馬鹿なこと言ってるの」
でも、本当に知らないおじさんなのに。おじさんが後ろに来た。私たちは、ドアを抜けて階段を降り始めている。
「ねえ、お母さん」
「なによ」
「知らないおじさん、ついてきてない。私のうしろ」
「いるわけないでしょ」でもお母さんはそう言いながら、私の後ろを見てはいなかった。
「見てよ」私は突発的に叫んだ。
「どうしてよ」お母さんは言った。
「いるかもしれないから」
「それはお父さんでしょ」
私とお母さんはそれから少し口論になった。
「いるかもしれないじゃない。見てよ。なんでみようとしないの。お母さん、さっきから下向いてばっかり。どうしてよ」
「いるわけないからよ。そうにきまっているからよ。お母さんはね、あなたのそんな下らないことに関わってる暇はないの。買い物のことを考えないと」
おじさんが後ろにいる。
後ろにいるよ、私は小声で言った。
「私の知らないおじさんが後ろにいるよ!」
「何よ」そこでお母さんが初めて後ろを振り返って、上を向いた。
そこでお母さんの目が、大きく見開かれた。
ーーーー
ご飯よー、はーい。
夢であることは分かっていた。分かっていたのだけれど、途中から分かっていた上で夢の上を乗っかっていた。それでも何故、あんな夢を見たんだろう。
はーい! 私は叫ぶ。
食卓はすぐそこにある。いつも見慣れた、すぐそこにある茶色いテーブル。色とりどりの野菜。
その向こう側に、私の知らないおじさんが座っていた。
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