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◇
私には友達がいた。かつていたその友達は、僕の一学年下で、留年だかよく分からない形で僕よりも一歳下の、同学年の生徒だった。
なんだかよく分からない。
僕とそいつは結構仲良しだった。
いや、仲良しだった、というべきか。
良く授業中に消しカスを殴り合っては(殴り合うみたいにぶつけ合っていた)、その度に授業は中断させられ、僕達は仲良く廊下に立たされていた。
彼には僕の気持ちがよく分かってるらしかった。
にんまりと微笑まれたその柔らかそうな頬に、僕は全幅の信頼を寄せるようにしてにんまりと微笑み返していた。
今思えば、それが全ての誤りだったのかもしれない。
続けて、と目の前の精神科医が言う。
僕は頷いて、再開する。
僕達は親友だった。どこに行くにも一緒だったし、どこに行ったってよくいる子犬同士のじゃれあいみたいに仲良しで、憎むべき険悪さを持った喧嘩なんて起こった試しがなかった。どこに行ったとしても。転校したとしても。
きっとそうだっただろう。
彼は一時期から塞ぐ事が多くなっていたようだった。気配は十分に伝わっていた筈なのに僕は、彼の為にするべき事を忘れて、(というか思いつかず)彼の為でなく自分の気持ちの為に彼に自分の気持ちを押しつけ回していった。
彼がどのような状況に陥っていようとも、自分は自分の自己優先的な考えを譲る方針ではなかったのだ、その時の僕達は、特にそうだった。僕達は互いに、お互いの変わらない一途な立場を守り、お互いに知る事のない知識を秘密裏に蓄えていった。、それが孤独へと繋がっていくとも知らずに。
僕達は変わらないでいた。消しカスを殴り合うようにぶつけ合っていた、その時を延々と分かち合うかのように、その時を延々と引き伸ばし続けていた。それが間違いだと気付いたのは、いつだって終わりに近付いてからで、遅くとも、僕らは関係の修復しようのない溝を日夜深め続けていたのだから、もはやどうしようもない所まで来ていたという所だと思う。
僕達は最早、一緒に登校も下校もしなくて、その時ももうそれが当たり前なんだと言う自分の認識に気がつき始めていた頃合いだったと思う。その時に事件が起こった。
帰り際。
近くのスーパーや本屋に立ち寄ろうと少しいつもの帰路から外れた所にある僕等の時間、夕焼けが世界を染め上げて、燃え上がった太陽が僕達の事を染め上げて、世界全体が僕等を取り囲んで喝采を上げているかのような、そんな帰路だった。彼が僕達の中で一番の存在感を示して終わるのが、それが最後になるのかもしれない。そんな予感がした。
彼が道端の電柱の横で、何かをしている。
その#何か__・__#が、血飛沫を上げるような行為であると気がついたのは、彼の後ろ、5メートルは後ろのもう一つの#自分用の__・__#電柱の裏に、運良く滑り込めた時の事だった。
彼は何かを酷く痛めつけていた。それは犬だった。間違う事がない、犬だった。
彼が必死で振り回しているそれが、全時代的な釘の沢山刺さった棒で、漫画でしか見た事がないような棍棒のような、野球のバットのような物で、河川敷に一昔前の暴走族か何かが忘れていったかのような形状の、そんな禍々しい物体だった。彼はそれを勢い良すぎるばかりな動作で振り回していく。彼が物を忘れたように#それ__・__#を振り回す度に、傷付けられるもう一つの生きた物体が、キャイン、キャインとか細く鳴いていた。
どうやらその犬は電柱に鉄の鎖か何かのような物で固く繋ぎ止められているようだった。僕達は時間を共にした。いつものように。いつも河川敷なのかどこか分からないような場所でもいつだって、どこでだって一緒に共にしたあの時間。
その延長下で今厳然と僕達の目の前に広がっている光景。
それは血みどろの、苦痛に満ちた表情の、犬の姿だった。
僕はどうしてか、その時の事を今も忘れてはいない。それがどうしてなのか、自分でも良く分からない。彼がどうしてそんな事をしていたのか。
僕がどうしてその時、それを止めに入らなかったのか。
どうして……。
どうしてだったんだい、分かるかな。精神科医が問いかけた。
私は顔を上げて、言った。
……わかりません。言葉にできないんです。
言葉にならないんです。
言葉に、ならない。言葉には、できなかった。
私は何の為にかも分からないものの為に最後、涙を流した。
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