サルタンタワーリングの鍵【Ⅰ】

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 彼女はわけのわからないことを、キャリアウーマン風に答えた。  その時、韮崎俊一郎がおかしそうに笑みをこぼした。  イヤミのない笑いだったが、何かを暗示するような不思議な笑みに見えた。 「わたしの心がきみに通じればいいんだがね」 「きっと、通じると思いますわ。それでは御機嫌よう」  パタン! とドアを閉めた。  すーっとウィンドウが下りていく。  助手席に身を乗り出した彼が、麻雪に向って言った。 「これだけは忠告しておこう。わたしが考えているようなディスクを持っているならば、決してコンピューターには差し込まないように――」  そう言ったきり、彼はポルシェで走り去っていった。  コンピューターに差し込んではいけないディスク。  それはいったい……。  栗本麻雪はアパートの階段をだるそうに上がっていった。  ドアを鍵で開け、中に入る。  自分の部屋がこんなにほっとする空間だと、つくづく痛感させられた。  ドアを閉める時、黒い物が道路に見えた。  電信柱の陰に誰かいる。  パタン! と勢いよく閉めた彼女は、ドアチェーンもしっかり掛けて、奥の部屋へと逃げ込んでいった。  絶対に、誰かが見張っている。  たぶん、ずっと韮崎ビルからつけてきたにちがいない。  あのホールから見掛けたサングラスの男に似ていた。  彼女はバッグの外ポケットに入れたディスクを取り出した。  三センチ四方のほんとに小さなものだった。  コンピューターコンソール。  各家庭に一台はあるというこの時代。  やっぱりここにあるのも、韮崎システム開発の『チャンネル0』だった。  シェアの70%が、韮崎と藤倉の製品だろう。  ディスクは競うように小型になり、記憶量は膨大になる。  もしも、このディスクを挿入したら、いったいどうなるのだろう。  栗本麻雪はコンソールの前に腰掛けた。  肩に掛かる髪を両手で払いながら深呼吸をする。  まず、電源を入れる。  マシンが作動する機械的な音が鳴った。  画面には、メモリーディスクをセットしてください、と表示された。  まさか、セットした途端に爆発しないでしょうね。  まさか……。  彼女は恐る恐る差し込んだ。  映像ディスクをセットしてください。  ああ、これはひょっとして、情報データではなくて、新型の立体ムービーかもしれない。  二年前に韮崎システム開発が新発表したのがきっかけで、ほとんどの会社が後を追うように3Dムービーディスクを売り出した。  それは在庫が間に合わないほどの売れ行きだった。  値段が手頃だし、なんといっても、それは買い置きしても、場所を取らない小ささがヒットした要因だろう。  そして、今年、韮崎が新開発したムービーディスク。  きっとそうにちがいない。  彼女は手持ちの映像ディスクをセットした。  カシャッ、と音がしたが何も見えてこない。  壊れてる。  バッグを振り回したから、壊してしまったのかもしれない。  数字が現れた。  画面いっぱいに、5、4、3……カウントダウンされていく。  その数字を見つめていたら、欠伸が出てきた。  パカみたい。  こんなディスクにだまされて怯えていたんだ。  逃げろ!  そこから、逃げるんだ!  麻雪ははっとしたように辺りを見回した。  誰かが懸命に叫んでいる。  その声に聞き覚えがあると思った瞬間、ものすごい閃光が目の前に走った。
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