櫻の雨

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 自分の力が及びようもない、自然の摂理や大いなる力でもって、全体でなくてはその存在を、価値をなし得ないものに分断されていく。離ればなれになっていく。桜の花びらは桜という花を構成するパーツのひとつであって、それは桜という花となって初めて人がそうと認識する。散り際こそ美しいものの、路上に落ちたそれはいつか雨に濡れ、或いは砂埃にまみれ、汚れていく。そんな悲しい時間を自分は今見ているのだとぼくは想った。  強い風が雲を押し出し、蒼い光を放つ満月が姿を現した。薄桃色の花びらはその円を通過する一瞬だけ、灰色だった。  ぼくがそんな感傷にかられながら歩いていたのは、先の友人から頼まれごとをしたからだった。ぼくに出来ることなどたかが知れている、と伝えたのだけれど、彼はどうしてもときかなかった。それでこうしてこんな時間に、彼女のもとに向かうことになったのだった。
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