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鬼陣
――なぜだ? なぜなんだ……
世界からすべての色彩が消えた
血
以外の色
すべての色が
消えた……
なぜだ? なぜなんだ
ザッ ザッ ザッ
シュバババ バババヴァ――ッ
月光の下、風を斬る音が一迅、駆けぬけていく。
満の月に照らされ、ススキの丘は黄金の海のように波打っていた。
「遊撃隊は西から回り込め! 挟み撃ちにするんだ!」
「応!」
つづいて声がした。百ほどの武者が一列となり、草むらを薙ぎながら進んでゆく。武者らは皆、赤い鎧兜をまとっていた。
――シュバッ シュバッ シュバババッ
逃げる影を追い囲もうとする武者衆。じりじりと、そして確実に囲みは狭まり、影はついに追い詰められた。
――ウォォオオオオオオオオ!!!!!!
その影は観念したのか、突如立ち止まると、空を見上げて吠えた。隆々とした体躯のその者は、カラダは青白く光り、目は燃えたぎるように赤くつり上がり、頭にはツノがふたつ生えていた。
その者こそは――鬼――であった。
「嗚呼、何故に我はここに有るのか。これ程までになぜ、我は生きんと欲すのか。そして何故に貴様らは、我を、我らを滅せんとするのか!」
鬼が咆哮する間に、武者たちは鬼を中心に円形の陣を組んだ。すこし遅れて、太鼓や鈴、旗をもった囃子隊が到着した。篝火が灯され、太鼓がひとーつ、ふたーつと打ち鳴らされると、東西南北にそれぞれ青龍、白虎、朱雀、玄武の御旗が立てられた。――鬼陣の完成である。
――ドンッ ド ドンッ ド ドンド ドッド ドドドド
太鼓の音に押し出されるように、鬼陣の中より一人、赤揃えの武者が前へ出た。小柄ながらもズシリとした体格の者だ。
「我こそは一騎当千。畠山組、武者衆がひとり、大道寺鋼丸なり! いざ尋常に勝負しろ!!」
その武者――鋼丸は高く、野太く口上をあげると足を大きく踏み鳴らした。すると太鼓はさらに力を増し、炎は燃え上がり、囃子が強く、激しくなっていった。
――ヨォォォォオオオオォォォオオオ オッ
ヨイヤサァ~ ヨイヤサァ~
ヨイサ ヨイサ ヨイヨイヨイヨイ~
鬼は逃げ場のないことを悟ると、囃子に合わせ、狂ったように頭を振りはじめた。その長い乱れ髪を振り乱すと、丸太のような腕で地面を二度、三度えぐった。
「なにが一騎当千か! 貴様は何人の鬼を、同胞を殺したのだ!」
「フンッ 千人! いいや万人! 俺がこれから殺す鬼の、その一人目がオマエだ! 俺はのう、鬼を根絶やしにしてやるのだ」
鋼丸は腰より剣を引き抜くと、小柄な体を回転させながら鬼へと飛びかかった。
「小童めが! 千年早いわ!」
しかし、鬼は後ろ手に構えた鉄の棒を回転させ鋼丸をいともたやすく突き飛ばした。鋼丸の体は吹き飛び、ガシャンッと音を立てて陣囲いの武者達にぶつかった。
「ぐあっ や、やるではないかよ!」
取り囲んでいる武者衆は加勢することもなく、鋼丸を円陣の中央へと弾き返す。篝火の炎が燃え上がり、囃子太鼓が強く、高らかに鳴り響く。
――ヨイヤサァ~ ヨイヤサァ~
「フンッ 貴様ら人間は卑しい獣だ! 一対一で勝負もできんとはの」
「ふざけるな! こうして一騎打ちしているだろうが!」
「赤き陣は赤揃えの鎧兜に力を集めると聞く。貴様は取り巻く連中の力を借りて戦っているだけであろう!」
「う、うるさい! これならどうだ!」
鋼丸は赤揃えの鎧兜を脱ぎ捨ててしまった。
「フフ……フハハハハ! 気に入ったぞ小僧! 存分に相手をしてやろうぞ」
「望むところだ!」
鋼丸は一度、二度とその場に跳ね上がると、三度目の跳躍の着地と同時に一気に鬼へと飛びかかった。
「フンッヌゥ~ なかなかやりよるのう」
その威力に今度は鬼が膝をついた。
「人にしておくは惜しい。頭から喰ろうて我が血肉にしてくれようゾ」
「ぬかせ! 今宵は鬼鍋じゃ!」
――ハッ ヤァ
トォーッ
鬼と鋼丸の力は拮抗しているようであり、なかなかに勝負がつきそうにもない。鬼陣の囃子はますます打ち鳴らされ、篝火は高く燃え上がって天へと登っていった。
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