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「ほんっと性格悪いよね、あんた」
何度、そういったセリフを聞いただろうか。
ともだちだった女の子から。クラスメイトから。別のクラスの子から。先輩から。後輩から。はたまた名前すら知らない相手から。
私は女の敵だった。ついたあだ名は「魔女」。魔性の女って意味らしい。
馬鹿馬鹿しい。なんてくだらない。
男性にはなにもしてないのに好かれて言い寄られて。女性にはいくら仲良くしようとしても、合わせようとしても、嫌われる。あっち行けって目で見られる。
心のなかではいくらでも口汚く言い返せるのに。罵れるのに。自分に不利益だから、言葉にはしない。その性質もいっそう状況を悪化させた。仕方なくひっそりと生きようとしても引っ張り出され、目立ってしまう。また好かれ、嫌われる。
「舞子ちゃんってさあ、『守ってあげたい系女子ナンバーワン』だよな」
「俺もそう思う~。華奢だし謙虚だし」
大学生の頃、サークルの先輩にそんなことを言われた。
なに言ってるの。私なんてただ太りにくくて運動する根性がないから筋肉がなくて、控えめにしなきゃ目ぇつけられるからおとなしくしてる、それだけなのに!
みんな何もわかってない!
叫び出したい衝動をこらえ、私はひたすら「好かれる私」を演じることに徹した。その甲斐あって大学では女の子のともだち数人と、彼氏もできた。
演じて演じて欺いて。それでもマンネリというのだろうか、互いに飽きて彼氏とは自然消滅したけれど。
そうこうしているうちに大学生活も終わりを告げ、私は養護教諭として社会人デビューを果たすこととなった。保健室は昔から、行く当てのない私の避難場所だった。そこにいる白衣の先生は、いつも私を仕方ないわねえ、と言いたげに微笑みながら迎えてくれた。私を拒絶しなかった。だから自然と「保健室の先生」を目指すようになった。
そうして迎えた新任初日。例によって男に絡まれてしまったのだった。ちいさな子どもは苦手。中学生は不安定だから面倒。それで高校の保健室を選んだというのに。
「やっぱり、この顔がいけないのかしら」
儚げな美貌、とわけのわからない評価を頂戴する顔を、鏡の前でむにむにと引っ張ってみる。
病弱と勘違いされる白い肌。しっかりした濃さを持った眉。いつでも潤んだように見える気弱そうな黒い瞳。むだにすっと通った鼻筋。高くも低くもない小ぶりの鼻。主張の弱そうに見えるちいさな唇。すっぴんの顔は化粧してるときと対して変わらない。
全部全部、嫌い。こんなものいらない。自分で取り付けたカーテンを引いて鏡を隠す。鏡は洗面所にしか置いていない。
「はあ……」
ベッドに倒れこむ。寝ることは大好きだ。読書と合わせて、私の数少ない趣味と言っていい。
「村崎くん、だったっけ……」
ふと思い出して唇を指でなぞる。キスくらいなら大学の時も彼氏とした。なのに、なぜだろう。
思い出すと心臓がうるさくなる。そこにそっと手をあて、首をかしげた。
変なの。
同類。ひとの望む自分を演じる人形。望まれていると感じることができなければ存在できない、弱い人間。
嘘つき同士の恋人になった、彼。
彼は私に謙虚さも大人しさも望まない。私も彼が良い人間を演じることを要求しない。
でも演じていなければ気が済まない。だから「彼氏彼女」を演じるのだ。
恋人ごっこはお互いが息抜きできる遊びとして、予想以上に楽しいもので。来る日も来る日も、私たちはその遊びに興じた。
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