セカイは捨てたもんじゃない

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セカイは捨てたもんじゃない

 僕達は多分、人間が言うところの“天使”というやつなのだろう。  “神様”のお使いをして、人間達の世界を観察して、記録を取って報告する。それだけの、非常に単純なお仕事。それを産まれた時からずーっと繰り返している。何百年、何千年、何万年――そんなことは、正直僕にもよくわからない。  確かなことは。人間達には誰も、僕達や“神様”の姿は見えないということ。  “神様”に名前はない、ということ。  そして――多くの宗教や神話で語られているほど、僕達は万能ではないということだ。同時に、祈っただけ、信じただけで人間達を助けてくれるほど“神様”はお人好しではない。結構口も悪いし我儘で身勝手、気まぐれに下界に災害や事件を引き起こしてそれを試練だと宣う非常に面倒くさい人だ。――いや、あれを人、と呼んでいいのかはわからないけれど。  そして僕達に至っては、誰にも気づかれない場所から人間達を観察することしかできない、極めて無力な存在である。見たいと願ったものは全部見えるが、それだけだ。人間の心の中がわかるわけでもないし、救いを求めた人の病気や怪我を治したり、生き別れのお母さんを探してあげたり、好きな人生に生まれ変わらせてあげるなんてこともできない。というか、“神様”だってどこまで可能なのかもわからない。僕達は産まれた時から“神様”の下僕で逆らうことのできない存在。ただそれだけなのだから。 「おうお前。今日も仕事熱心だな。しっかり下界を観察してよー」 「……君もしてよ、仕事。僕だけに押し付けないでくれる?」  僕には相方がいる。生真面目な僕と正反対のサボり魔、品性の欠片もない天使。僕は正直、こいつのことが好きじゃない。いくら僕が普通に話ができる唯一の相手で、一緒に仕事をする同僚だと言ってもだ。 「僕達は観察して、人間達の記録を取って“神様”にお渡ししないといけないんだ。わかってるだろ」 「退屈だよなあ。ずーっとずーっと同じことの繰り返し。俺達が渡したデータだって、どこまで活用されてんのか怪しいもんだ。むしろ、見てもらえてるのかどうかわかんねーし。こんな仕事、本当に意味はあんのかねえ」 「何が言いたいの?」 「名目上は、“世界をより良い世界にするために必要な情報収集”だろ。……そのためには、こんな面倒くさいことするよりも簡単なやり方あんだろーが。滅ぼしちまえよ、人間なんて」  彼は白い翼をパタパタさせながら、何でもないことのように言い放った。 「お前だって、いっつも愚痴ってんだろーが。人間なんかクソだってよ。俺らが何もなくても勝手に殺し合うじゃねえか。宗教だの人種だの経済だのなんだのと理由つけてよ。でもって困った時だけ都合よく神様仏様天使様とお祈りするってなもんだ。救いようのない連中ばかりだよ。いつだって自分だけが可愛い、自分だけが助かればいいような奴ら。みんな死んじまえば、綺麗さっぱり地球のお掃除完了じゃねーか」  僕は反論しようとして――何も言えずに、口を噤んだ。記録を取るのが面倒だから。きちんと調べるまでもなく人間を全部滅ぼすのが手っ取り早いだなんて、そんな考えは間違っている、でも。  人間が愚かだということは、常日頃から僕も感じていたことだ。  僕達が少しでもより良い世界にしようと、細かく下界を観察して記録を取っても。人間達はいつだって好き勝手ばかりで、人を人とも思わぬ愚行を平気で犯す。救いようのない現実など、産まれてきてから繰り返し繰り返し見せつけられてきたことに間違いはないのだから。
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