セカイは捨てたもんじゃない

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 ***  転機が起きたのは、ある年の春先。  僕達が観察する世界の、とある国で。大きな災害が起きた時のことである。国の中心都市は大混乱に陥り、停電が起き、地面が割れ、建物が崩れ水が襲い――それはそれは酷い有様と化したのである。  困っている人が、たくさんいた。ある場所では、突然信号機が消えたことで車を動かすに動かせなくなり、途方にくれた人達が電気店の駐車場に集まっていた。 ――このままどうするんだろう。暴動でも起こすのかな。少なくとも、近くの人に八つ当たりする人がいっぱいいるんだろうな。  僕達は何もしない。ただ観察するだけだ。人間が愚かなことをしようが争いをしようが僕達には関係ないし、手出しする手段もないのだから。  ところが、自分達も電気が使えなくなり、無関係の人達に押し寄せられて困っている電気店の店員さん達が店から出てきて――大きな声で、人々に伝え始めたのである。 「皆さん、落ち着いてくださいー!トイレは無料でお貸しいたします!ラジオも聞けるように手配いたしますー!こちらでも状況が確認出来次第、皆様にお伝えします!」  自分の家族はどうなったのか。仕事をしているお店の人達だって不安だったはずだ。一刻も早く家に帰って、家族の無事を確認したかったはずなのだ。  けれど彼らは、プロだった。そして、人として自分に何ができるのかをちゃんと考えていたのだ。無力かもしれない。無知かもしれない。それでも“今”の自分が出来ることを、一生懸命考えている人達がそこにはたくさんいたのである。  そしてもう一つ、僕が驚いたこと。  それは暴動が起きなかったどころか――電気が消えたスーパーやコンビニで、みんながきちんと列に並んで商品を買っている光景だった。不安なのに、心配なのに、みんながパニックになって商品を盗んで行こうとしない。店員さんに八つ当たりして暴れたりしない。その結果、その国では災害で亡くなった人がいても、暴動が起きて亡くなった人など殆ど出なかったのである。 「くっそ、災害なんか起こしやがって!“神様”がやったのか?それとも自然に起きたのか?よくわかんねーけど仕事増やしやがってー!」  ムッキー!と喚く相棒。彼は騒ぎながらも、いつもよりずっと真面目に仕事をしていた。こんなことをするよりさっさと人間を滅ぼしてしまった方がいいんじゃないか、なんてことを言っていた彼が――だ。  彼にも、同じものは見えていたのだろう。そして、少しだけ――少しかもしれないけれど、僕と同じことを思ったのだ。 「ねえ相棒」  僕が見つめる先。遊園地のスタッフが、落ち着いて人々に避難誘導をしているのが見える。まだ少し肌寒い時期。売っていたぬいぐるみを配って暖を取ってもらったり、非常食を配ったり、寝るところを確保したり。不安を押し殺して、一生懸命お客さんを守ろうとしている人達がいるのだ。  だから、僕は言う。 「セカイはさ。まだ、捨てたもんじゃないと思わないかい?」  僕達は今、ちょっとだけ昔より丁寧に記録をつけている。  彼らのそれからの日々を、この目にしっかりと焼き付けるために。  大きな不幸に見舞われ、苦難に襲われ、それでもなお真っ直ぐ前に進もうとする者達から学ぶために。――そうして僕達自身もまた、より良い世界について考えるために。  大切なのは、負けないことではない。きっと、負けても何度だって立ち上がることなのだ。  彼らの戦う姿はきっと。僕達以外の誰かにも、大切なことを教えてくれている。
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