2つの月の戦い

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 歩く事には慣れている。  首都を離れてから3日。街道を走る乗合馬車で小さな宿場町に着いてからは一日と少し。  バザールで会った同業者の言葉を信ずるならば、目指す場所は遠くない。  頭上に連なる枝葉のせいで、晴れているのか曇っているのか判らない。  心配はしてない。私は雨雲に嫌われてる。  虫達の声に耳を楽しませながら、私は夜の森を歩く。  背中に背負った画材道具。水を入れる銀製のマグがカランコロンとリズムを刻み、虫達の声に、メロディを与える。  思いつくまま言葉をつむぎ歌にして、私を囲む木々へ届ける。  どれほどの歌を口ずさんだか。  枝葉の隙間から一の月の青白い光が。  私の足元を照らし始める。  気持ちにつられて、運ぶ足も早くなる。  ほどなく硬い石の感触を足に感じた。  目の前に滑らかな岩床が広がっている。  一の月の光を浴びた岩床は、青い輝きを放っている。  見下ろしている私の顔が、岩肌におぼろながら映り込む。  別れを惜しむ虫達を振り切り、岩床を進む。  進む。  蒼の世界の東の端が、うっすらと紅く変わるのを感じて、私はそれ以上先へ進むのを諦めた。  画材を降ろし、イーゼルを組む。丸めたカナビスをカンバスに貼り立てかけた。岩床にマグを置く。水筒の栓を抜き、水をそそぐ。途中で飲んでしまったから、思いのほか量が少ない。  私は椅子に腰をおろして、パレットと絵筆を手に取った。  まもなく、紅く燃える二の月が東の空に現れて、一の月が支配するこの蒼い世界に戦いを挑む。  その戦いをこのカンバスに刻むため、私はここに来た。
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