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お隣さん
「ありがとうございましたー。いらっしゃいませー。」
いつもと同じ帰り道。
家の近くのコンビニに入った私は、迷うことなく店内を進んである商品棚の前に立った。
(さてと。今日は何にしようかな?
昨日はレモンだったから、今日は…
お!新商品?
はちみつレモンか~。
うん!今日はこれにしよう。後は適当に買って…)
20歳以下は買えないコーナーで今日の一本を吟味して、適当におつまみを手に取ってレジに向かう。
(あら、今日もこの子なんだ。
彼、ほぼ毎日見てるような気がするんだけど…)
「お預かりします。」
商品を渡すと、いつものように手際よくレジと袋詰め。
ニコリともしないからちょっと不愛想だけど、仕事は出来るタイプだ。
(見た所大学生かな?
まあ、こんな若い男の子が愛想良すぎても変か。
折角顔がいいんだから、ちょっとぐらい笑ってくれたら彼目当ての若い女性客増えそうだけど…)
「1122円になります。」
「えっ?あ、はい。えーっと財布財布…」
余計な事を考えていたから、財布を出すのにもたついてしまう。
「8円のお返しです。ありがとうございました。」
「ありがとう。」
店の外に出て、思わず溜め息を吐いてしまう。
(いかんいかん。余計な事考えててボーっとしてた。
きっと変なおばさんだと思われただろうな~…
ま、いっか。さっさと帰ってチューハイ飲もう!)
至福の時間が待っていることに頬を緩めながら、自宅への道を急いだ。
それからしばらく経ったある日曜日。
「うっそ…ストック切れてるの忘れてた…」
洗濯しなきゃと重い腰を上げたのは良かったのに、まさかの洗剤切れ。
しかもストックもないという状況に、私はあからさまに表情を歪める。
「え~…外に出るの面倒臭い…」
彼氏いない歴5年以上。
休日はスッピンで、家でゴロゴロするのが常な干物女の私にとって、休日の外出ほど面倒なものはない。
だがしかし、洗濯しないわけにもいかない。
一瞬、ネット宅配なんて考えも頭を過ぎったけど、スッピンな上に着古した部屋着で出るのはちょっと憚られる…今更だけど。
「仕方ない…近くのドラッグストアぐらいならスッピンでも許されるでしょ。」
手近にあったジーパンとトレーナーに着替えて伊達眼鏡をする。
これでスッピンだとは気付かれにくいはず。多分。
まあ、気付かれたところで別段問題はない。
(さっさと行って帰ってこよう。)
財布の入った鞄を持った私は、半ば早歩きでドラッグストアへと向かった。
10分後。
目当ての商品と、ついでにチューハイと晩ご飯の冷食を買った私は、どこかやりきった気持ちだった。
(さーて。これでチビチビやろうっと。)
洗濯の事をすっかり忘れて、自分の部屋の階の廊下を歩いていると、目の前に丁度玄関から出てきた人。
ビックリして声を上げてしまうと、その人が少し慌てたように頭を下げる。
何故か私まで頭を下げてしまった。
社会人の反射神経が憎らしい。
「すみませんでした。…どこか当たりましたか?」
「あ、いえいえ。大丈夫です。驚いただけなので。」
(ん…?この声、何だか聞き覚えが…)
考えこんでいると、目の前の男性が顔を上げて覗き込んでくる。
その見慣れた顔に、私は思わず絶句して買い物袋を落としてしまった。
「あの…大丈夫ですか?」
「あ…あ…」
驚きすぎて動けない私の代わりに、彼が袋を拾ってくれる。
(…いや、待て待て、落ち着け私。今の私は良くも悪くもスッピン。きっと気付かれていないはず。)
「これ…」
「あ、すみません!拾ってもらってありがとうございます。それではっ。」
「…今日は、グレープフルーツなんですね。」
そそくさと立ち去ろうとする私の耳に聞こえた言葉。
(今日”は”?今日はって…もしかして…!)
思わず振り返ると、彼は今まで見せた事の無い、綺麗に微笑んだ顔でこう言った。
「また明日、お店でお待ちしてます。」
その言葉を聞いた瞬間、彼の出てきた隣にある自分の部屋へと駆け込んだ。
(待って待って!気付かれてる!気付かれてるよ~!
私がいつもチューハイ買って帰る客だって気付かれてる!
え、何で?何で分かったの?
いつもは私ちゃんとメイクしてるけど、今日はスッピンだよ?
しかも眼鏡までしてんのに。
何で~?!)
スッピンで気の抜けた格好を、年若い男の子に、しかも自分がいつも行くコンビニの店員に見られた動揺で、心臓がバクバクいっている。
(明日からもうあの店行けない~!)
しばらく玄関でワタワタとしていたけれど、ふと気付く。
(ん?でもそれってそんなに気にすること?
別にコンビニの店員さんにスッピン見られたからって。
若い女の子じゃあるまいし。
別にあの彼とどうこうなろうなんて思ってもないしねえ。
女捨ててるのなんて今更だし?
向こうも気にしてる感じじゃなかったし、なんならまた明日お待ちしてますって言われたし。
うん。別に気にしなくていいじゃない。)
急にスッと冷静になった私は、当初の目的の洗濯もきちんとやって、明日からの英気を養うかの如く、チューハイをプシュッと開けたのだった。
翌日。
残業を終えた私は、彼のいるであろうコンビニにやってきた。
いつものように、色とりどりの缶が並ぶ棚前に立ち、今日の一本を選ぶ。
適当におつまみを選んで、彼の待つレジへ。
そこまではいつもと同じだった…のに。
「…今日は、残業ですか?」
「へ?」
「いつもより遅い時間なので。」
「え、…ああ!そうなんです。ちょっと忙しくて。」
(…ビックリした~。
今まで話しかけられたことなんて無かったから、一瞬何言われたのかと思った。)
「…もう来てくれないのかと思った…」
「え?」
(今小声で何か言った?)
「いえ。1018円になります。」
「あ、はい。」
支払いをして商品を受け取ると、彼が少しだけ笑う。
「お疲れ様です。気を付けて帰って下さいね。」
「…あ、ありがとう。」
「ありがとうございましたー。」
店の外に出て、思わず店内を振り返る。
次の客の対応をしている彼は、やっぱりちょっと不愛想に見える。
あれが私達にとってのいつもだったはず。
(今まであんなこと言われたこと無かったのに。
お隣さんだって分かったから、親近感でも湧いたのかな?
意外と人懐っこいタイプ?)
頭には沢山の疑問符。
でも、誰かに労われるのはやっぱりちょっと嬉しかった。
(職場以外でお疲れ様なんて言われたの、久しぶりかも。
帰り道の心配だって、最近じゃ全然されないもんな。
良いもんだね、やっぱり。)
どこかほっこりした気持ちで帰るいつもと同じ道。
傍から見たら気持ち悪いぐらい、顔がニヤケていたに違いない。
この日を境に、コンビニ店員でお隣さんの彼…三崎大輔君と私、國吉香奈の関係が少しづつ変わっていった。
仕事帰りにコンビニに寄れば、会話をすることも多くなって、ちょっと悪ふざけが言える程度には仲良くなった。
仲良くなってからは、家が隣同士ということもあって、大輔君のバイトが無い日はたまにどちらかの家で一緒に飲んだりもする。
彼女とデートとかしないの?って一度聞いたら、彼女はいないって言うから驚いたもんだ。絶対モテるだろうに。
因みに、私が干物女であることも彼は知っている。
私にとって彼は、弟みたいな存在。
だから、部屋に上げることも簡単に出来た。
大輔君にとっても、私は女ではないはず。だから二人きりでも変な雰囲気にはなったことがない。
就活の相談に乗ったり、好きな人がいると言う大輔君の話を聞いては、若いっていいね~なんて言ったり。
…大輔君の傍が私にとって居心地のいい場所になればなるほど、彼に彼女が出来たらこの場所は無くなっちゃうんだなって考えたら、ちょっと切なかった。
それからしばらくしたある日。
いつものように仕事終わりにコンビニに寄った時の事だった。
「香奈さん今日も残業ですか?」
「うん、そうなんだよね…」
「最近多いですよね。」
「繁忙期だからね~。」
「大丈夫ですか?」
「まあ慣れてるから。でもね~…」
「でも?」
「年々疲れ方が酷くなってるような…やっぱり年かな~。」
「そんな年じゃないでしょ。香奈さんまだ若いじゃないですか。」
「まだまだ若い大輔くんに言われてもな~。私なんてもう来年三十路だもん。」
レジをしてもらいながらいつものように会話をしていた筈なのに、大輔君の顔が急にムッとしたような表情になった。
(ん?何か気に障ること言ったっけ?)
「大輔君?どうかした?」
「香奈さんて本当…いえ。やっぱり今度にします。」
「??」
訳が分からないまま支払いをし、家へと帰る。
何だったんだろう、一体。
*************
繁忙期が過ぎ、落ち着いた生活が戻ってきた頃、私は自宅のベッドで大きな溜め息を吐いていた。
「はあぁ…急に有休とか言われてもさ~…」
それは先週末の事。
直属の上司に呼ばれた私は、思ってもいなかった命令を出された。
「お前有休溜まりに溜まってるだろ。繁忙期も過ぎたし、来週有休使って休め。」
「は?いえいえ、有休なんて…」
「これは命令だから拒否権はないぞ。大人しく来週1週間休め。」
上司から命令だと言われたら嫌だとは言えず。
「急に1週間も休まされても、何もやることないってば…」
実家に帰ろうかとも思ったけれど、この年の娘が実家に帰ったら言われることはただ一つ。
彼氏はいないのか、結婚はしないのか、見合いがどうのこうの…とそればっかりになるのは目に見えてる。
実家に帰ってまで疲れたくはない。
「大輔君が暇な時に、また飲みに付き合ってもらおう。」
そんな事を考えていた夕方、玄関側から大きな物音がして思わず体がビクッとなる。
「え、何…?」
何かがぶつかったみたいな音に、玄関を開けて外を覗き見てみると、隣の玄関ドアに凭れ掛かるようにしている人の姿。
「え…大輔君?!」
その後ろ姿が彼のものであることを認識して、慌てて駆け寄った。
「ちょっ、どうしたの?!」
「はぁ……香奈、さん…?」
「大丈夫?体凄く熱いけど、熱あるの?」
はぁはぁと荒い息をしながら、小さく頷いた彼。
さっきの物音は、彼が玄関ドアにぶつかった音だろう。
「とにかく、中入ろう?鍵出せる?」
「鍵、鞄に…」
「鞄?ちょっと中見るよ?いい?」
頷いたのを確認してから、彼の鞄の中から鍵を取り出す。
玄関を開けて、大輔君を支えながらベッドへ寝かしてあげると、真っ赤な顔の彼と目があった。
「ごめん…香奈さんに迷惑、かけて…」
「全然いいよ。こんなの迷惑の内に入らないから。それよりも何か食べれる?お粥とか…食べれそうなもの買ってくるよ?後、薬も飲まなきゃ。」
「欲しくない…」
「ダメ。少しでも口に入れて薬飲まなきゃ。早く良くなりたいでしょ?」
「じゃあ…香奈さんが作った、お粥がいい…」
(ん?何で”私が作った”お粥?レトルトじゃダメなのかな。)
「ごめん。私そんなに料理得意じゃない。」
「それでも、香奈さんが作ったのがいい…」
熱に浮かされた顔でふにゃっと笑う大輔君。
(うっ…そんな顔されたら、嫌だなんて言えない…)
ちょっと一瞬キュンとしてしまって、母性本能を刺激された私は、この部屋のキッチンを借りてお粥を作ることにした。
(私にもまだ、母性本能とかときめきを感じる心が残ってたんだな~。…大輔君が好きな人と上手くいったら、私も彼氏探してみようかな)
そんな干物女らしからぬ事を考えていたからか、危うく焦がしそうになってしまった。
干物女には無理だと言われているようで、ちょっと悔しい。
「大輔君、出来たよ。食べれそう?」
「ん…」
のそのそと起き上がろうとするけど、力が入りにくいのかちゃんと起き上がれない。
仕方なく背中にクッションを何個か挟んで、凭れる形で座らせる。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね。」
「今、手に力入らなくて…出来れば食べさせて欲しい、んだけど…」
「え…?あ、そっか、そうだよね。」
(起き上がれないぐらいだし、食べれるわけないか。
え、でも食べさせるって…フーフーしてあーんってこと、だよね…
何それすっごく恥ずかしいんですけど!)
「香奈さん…?」
内心恥ずかしさに身悶えてると、大輔君の上目遣いな目線と出会った。
いつもは私が見上げてるから、何だか不思議な感じだ。
(…恥ずかしがってる場合じゃないか。
相手は病人だもんね。)
「ごめんね、食べさせてあげるからちょっと待って。」
レンゲにお粥を掬って冷ました後、大輔君の口元に近づける。
「はい。あーん。」
「あー…ん、美味しい…」
「そう?良かった。はい、じゃあ次。あーん。」
「あー…」
やっぱり食欲がないのか、半分食べた所で大輔君がストップをかける。
「ごめん…折角香奈さんが作ってくれたのに…」
「いいよ。半分でも食べれて良かった。じゃあ、薬飲んで寝よっか。」
「うん…」
すっかり恥ずかしさが薄れた私は、薬も口に入れてあげ、水も飲ませてあげる。
「温かくしてゆっくり寝るんだよ。鍵は閉めた後にドアの郵便受けから入れておくから。」
「…もう、帰るの?」
「うん。私が居たら寝れないだろうし。お大事にね。」
布団をかけてあげて、帰ろうと立ち上がったら、熱すぎる手に腕を掴まれた。
「大輔君?」
「…まだ、いて。俺が寝るまででいいから…傍に居て…」
(熱が高いから、心細いのかな。
こんな時に1人は、確かに寂しいよね。)
「…うん。分かった。じゃあ、大輔君が寝るまでここにいるね。だから安心して寝ていいよ。」
「ありがと…手、握っててくれる?香奈さんの手、冷たくて気持ちいいから…」
「しょうがないな~。いいよ。…ふふっ。大輔君がこんなに甘えん坊だなんて知らなかったな。」
ちょっと揶揄い混じりに言うと、大輔君が恥ずかしそうにそっぽを向く。
「香奈さんに、だけだよ…」
「え?」
「俺…香奈さんに、ずっと言いたい事が…」
そう言いながら、少しずつ降りていく大輔君の瞼。
きっとかなり体が辛いんだろう。
「おやすみ、大輔君。早く良くなってね。」
そう声をかけると、一瞬フワッと笑ってから彼は眠りに落ちていった。
翌日、気になって隣の部屋を訪ねると、大輔君はすっかり良くなっているみたいだった。
「若い証拠だね。」
「またすぐそうやって……でも、ありがとう。香奈さんのおかげだよ。」
「昨日は辛そうだったから心配したけど、早く良くなってよかったね。あ、でもまだ無理しちゃダメだよ。ぶり返すかもしれないし。」
「うん、分かってる。大学は元々講義ないし、バイトも今日は休ませてもらった。」
「よろしい。」
何故か偉そうな態度の私に、笑顔になってくれた大輔君を見て、本当に調子が良さそうだとホッとする。
「ところで…今日平日なのに香奈さん何でこんな時間に居るの?仕事は?」
「あ~…実は、昨日から有休消化中なんだよね。上司命令で今週休めって言われちゃって。」
「え、そんな話俺聞いてない。」
「先週末に急に決まったからね。私も驚いたんだ~。」
「…どこか行くの?」
「いーえ。今の所何の予定もございません。だから、体調が良くなったらまた飲むの付き合ってね?」
「それは全然いいんだけど…」
「ん?どうかした?」
急に考え込み始めた大輔君の顔を覗き込む。
「…ねえ香奈さん。明後日の夜、俺に時間くれる?」
「別にいいけど。何か用事?」
「昨日のお礼がしたいんだ。」
「別にいいよ、お礼なんて。大したことしてないし。」
「俺がしたいの。だから、時間空けておいて。」
「うん、分かった。明後日の夜だね。」
私は、ゆっくり休むように伝えて部屋に戻った。
約束の日。
インタホーンの音で玄関を開けると、大輔君が立っている。
「今日は俺の部屋でいいかな。」
頷いた私は、大輔君の快気祝いにと買って来たシャンパンを持ってお邪魔する。
「わ~…これ、全部大輔君が作ったの?!」
中に入ると、テーブルの上には沢山の料理が並べられていた。
料理だけじゃなくて、お花まで飾ってある。
私より大輔君のほうが女子力が高そうだ。
「美味しいかは分からないけど、料理するのはそんなに嫌いじゃないんだ。」
「すごいよ!全部美味しそう!もしかしてこれ…?」
「そうだよ。香奈さんへのお礼。喜んでもらえた?」
「すっごく嬉しいよ。ありがとう!ね、早く食べよう。」
男の人に手料理を振舞われるなんて初めての経験。
ワクワクしながら口に運ぶと想像以上に美味しくて。
(本当、大輔君こんないい男なのに何で彼女いないんだろ。
例の好きな人とも進展ないみたいだし。
普通ほっとかないよねえ。
私だったらほっとかな…)
そこまで考えて、自分の考えにブルブルと首を振る。
(何考えてんの私。相手は8歳も下だし、好きな人いるんだし。
不毛不毛。そもそも私は干物女。)
うんうんと頷いていると、大輔君が怪訝そうな顔で私を見ているのに気が付いた。
「香奈さん、どうかした…?」
「え、ううん、どうもしないよ。料理美味しいなって思ってただけ。あ、そうだ!忘れる所だった。これね、大輔君の快気祝いに買って来たの。シャンパンなんだけど、大輔君飲める?」
「飲めるよ。でも、そんな気を使わなくて良かったのに。」
「いいのいいの。年上なんだからこれぐらい当たり前。」
「…」
(あれ?何か、大輔君の表情が…怒ってる…?私何かまずい事言った?)
自分の発言を振り返ってみても何も思い当たらない。
「あ、グラス!折角のシャンパンだし、コップよりグラスがいいよね。この前私が置いて行ったグラス出そっか。」
何とか空気を変えたくて明るく言ってみたけど、大輔君の反応は芳しくない。
「えーっと…あっちに置いたんだっけ?私探してくるね。」
ちょっと一旦離れようとキッチンに向かう。
食器が入れられている場所を見つけて、グラスを探しながら考える。
(最近、ああいうの多いな…
でも何が原因なのかさっぱり分かんない。
やっぱ年が離れすぎてるからかな~。ジェネレーションギャップみたいな?
私には分からない、若い子の傷つきポイントがあるのかな?)
「香奈さん。」
「え、大輔君?どうしたの…って、え、ちょっ…!」
名前を呼ばれて振り返ろうとしたら、急に大輔君に後ろから抱きしめられていた。
明かりを付けるのが面倒で、暗がりの中で考え事をしながら探し物をしていたせいで、近づいて来た気配に気づかなくて。
確かに感じる温もりに、私の頭の中は大混乱になる。
(え…何?
これって抱きしめられてる、よね?バッグハグってやつですよね?
何で?何で私が大輔君に抱き締められてるの?!
何で~?!)
「だ、大輔君。悪ふざけはやめ…」
「ふざけてないよ。本気で抱き締めてる。」
(あ、そうなんだ。それならよかっ…
じゃなーい!
そっちのほうが問題でしょうよ!
好きな人はどうしたの!
大輔君、好きな人がいるのに他の女にも手を出せるような、そんな男だったの?!)
「本気って…大輔君、好きな人がいるんじゃ…」
「本当に気付いてないんだね…。好きな人って、香奈さんの事だよ。」
「へ?私…?」
(はい~~?!
いやいやいや、それはない。
だって8歳も年上のアラサーだよ?
大輔君まだ大学生よ?しかもイケメン。
干物女だって知ってるのに、それは絶対ない!)
「やっぱり揶揄ってる…?だって私、8歳も年上のアラサーで…干物女で…」
「香奈さんさ…いつも年齢のこと言うよね。それ言われるたびに俺、年下だから恋愛対象として見れないって言われてるみたいで、すごく嫌だった。」
「ち、違うよ!」
(私が女として見られることはないと思ってるだけで、大輔君の事を男として見れないなんて思ってるわけじゃ…!
…あれ?でもそれだと…)
自分の気持ちまで混乱してきて、あれ?とか、ん?とか考え込んでいると、大輔君の腕の力が強まった。
「香奈さんは、凄く可愛いよ。自分では女子力無いとか干物女だとか言ってるけど…いつも買った物を受け取った時に”ありがとう”って言ってくれる優しい声とか、店を出た後に中身を見ながら緩む表情とか…前から可愛いなって思ってた。」
(見られてたの?!
というか、今そんな事耳元で言わないで欲しいんだけど…)
バクバクいってる心臓の音が耳元で聞こえてる気がする。
「俺は、今のこのゆるゆるな姿の香奈さんも、店に来る時の仕事仕様の香奈さんも、どっちも好きだよ。本気で好きなんだ。」
「大輔君…」
「俺の事嫌い?年下は対象外?」
「そういう、わけじゃ…でも私、もう5年以上彼氏いないんだよ?来年には三十路だし、大輔君まだ若いんだから他にいっぱい…」
「年齢のことなんて今聞いてないよ。しばらく彼氏がいないのだって関係ない。俺が聞きたいのは、男として見れるかどうか、好きかどうかだよ。」
(男として見れるかどうか…
好きかどうか…)
「…俺が好きな人の話をしてる時、香奈さんの表情いつもちょっと悲しそうだった。あれは何で?俺の事、ちょっとは好きだからじゃないかっていつも期待してたんだけど、違うの…?」
(それは…
大輔君の隣が居心地いいなって思ってて。
もし大輔君が好きな人と上手くいったら、もうこうして2人でいることもなくなるんだなって思ったら、何か胸が痛くて、切なくて。
…そっか。そういうことか。
恋愛から遠ざかりすぎて、分からなくなってたのかも。)
「…ごめんね。」
「ごめんって…」
「ああ、違うの!そういうことじゃなくて!」
抱きしめる力が緩んで一気に沈んだ声になった彼に、慌てて振り返る。
「そうじゃなくて。鈍感でごめんねってこと。」
「?」
「大輔君の事心のどこかで好きだなって感じてたはずなのに、自分で色々決めつけて気付かないようにしてたのかもしれない。」
(弟みたいな存在だ、とか、もうアラサーだし干物女だし女性としてなんて見られるわけない、とか。
8歳も年下だし、モテそうだし、とか。
そもそも恋する事を忘れてたからかなり鈍感になってたんだろうな。
それでも、傷つきたくないって無意識に壁を作るぐらいには、大輔君に惹かれてたってことだよね。)
自分で自分に呆れて、思わず笑ってしまう。
(こんなんで年上ぶってるとか、本当バカみたい。)
「香奈さん?」
「好きだよ。」
「え?」
「大輔君の事、好きだよ。年下だから男として見れないなんて、思ってない。でも…本当にこんな私でいいの?」
そう言うと、おでこをコツンとぶつけられた。
目の前に彼の顔があって、恥ずかしさで思わず目を逸らす。
「目逸らさないで。俺は、香奈さんがいいの。香奈さんが好きで、香奈さんだけが欲しくて、香奈さんを独り占めにしたい。だから…俺の恋人になってくれませんか?」
真剣な表情で見つめられて、そんな甘い言葉言われて…頷く以外の事出来る訳ない。
「よろしく、お願いします。」
そう言った瞬間、さっきとは比べられないぐらいの強さで抱き締められた。
ちょっと痛いぐらいだけど、その強さが大輔君の気持ちの現れなのかもって思ったら心地いい。
「あ、ねえ。シャンパン開けよ?大輔君の快気祝いと、それから…2人の記念に。」
「…本当、そういうこと言えちゃうクセにどこが女子力無いんだか。可愛すぎでしょ。」
「え、ちょっと大輔君。どこ触って…」
「香奈さんが悪いんだよ?今まで俺にお預け食らわせた上に、可愛い事言うから…もう我慢できない。」
(我慢できないって…
いやいや、私まだ心の準備が出来てないんですけど~?!)
「あのね、さっきも言ったけど、私5年以上彼氏いなくて…」
「うん、聞いたよ。」
そう言いながら、大輔君は私の背中を上下に撫で始める。
「ちょっ…ん…擽ったい…!だからね、こういうのもかなり久しぶりだから、心の準備をね」
「無理。待てない。」
(そこは待とうよ?!)
「待てないって言われても…って、きゃあっ」
何とか説得しようとしてる間に、横抱きにされてしまった。
所謂お姫様抱っこ。
きっと行きつく先は一つ。
「香奈さんに触れたくて仕方がないんだ。それに、両想いだって実感したい。まだどこか、都合のいい夢なんじゃないかって不安なんだよ。」
ポスンっとベッドに寝かされて、上から見下ろされた。
と思ったら、近づく顔。
「んっ…」
一瞬触れて離れた唇を、思わず目で追ってしまう。
「可愛い。唇柔らかくて、気持ちいい…何度も触れたくなる。いい…?」
軽く頷くと、言葉通りに何度も彼の唇が触れては離れてを繰り返す。
それが何だか気持ち良くて目を閉じたら、隙間から潜り込んできた彼の舌。
こんなキスすら久しぶりで、動揺して逃げてしまう。
「逃げないで。もっとちゃんと触れ合いたい。」
追いかけてくる彼の舌に、思いきって舌を絡めると、途端に濃くなる口付けに軽く眩暈がしてくる。
「…好き。大好きだよ、香奈さん……はぁっ…んっ…」
「はっ…んんっ」
(待って。何かもうこれだけで気持ちよくて…)
股の間にジワッとした広がりを感じて、自分が感じていることが分かる。
それを自覚した途端、更に感度が増したような気がした。
「香奈さん、脱がしていい?俺も脱ぐから。」
「うん…」
恥ずかしさと期待と恐怖と…色んな感情がごちゃ混ぜになっている。
(さっきまで心の準備が欲しいと思ってたけど、今は大輔君と触れ合いたいって思ってる、かも。
でも、ちゃんと出来るかな…本当に久しぶりなんだよ。
もし、無理だったら…)
「何考えてるの?」
髪に触れられた感覚で、意識が彼に向く。
「あ、いや…本当に久しぶりだから大丈夫かなって。」
「優しくするつもりだけど…もし痛かったりしたら教えて?香奈さんが辛いのは嫌だから。」
「うん。ありがとう。」
再び唇に触れた彼が、どんどん下へと降りていく。
時々ちゅってリップ音をさせながら下って行った唇は、二つの膨らみで一旦停止した。
「ここ、ちょっとピンってなってる。舐めてあげるね。」
「んっ。」
濡れた感触と彼の口腔内の熱い温度に、ジワジワとした快感が体中に広がっていく。
「香奈さん、可愛い…声我慢しなくていいから、いっぱい聞かせて?」
「あっ…んんっ…!」
執拗に舐められながら、反対側は指で弄ばれて、無意識に腰を揺らしてしまう。
「下も、触るね…」
「あっ!待って、そこは…ああ!」
「凄い…こんなに感じてくれてたんだ。嬉しい。」
本当に嬉しそうに笑う彼に、下腹部が反応してしまう。
「やっ…ああっ…はっ…ああっ!」
「可愛い…どんどん溢れてる。どうしよう…俺、もう我慢できないかも…」
「あっ…ああっ…ん~っ」
「こんな可愛い香奈さん見てたら…挿れたくて…もっといっぱい気持ち良くしてあげたいのに…香奈さんを感じたくて、仕方がない。」
水音が響く中、聞こえてきた彼の言葉に私は頷いた。
「ありがとう。……じゃあ、挿れるから、力なるべく抜いてて。」
「うん。………んんっ…あっ…ふっん…ああ!」
「入ったよ…大丈夫?痛くない?」
「ん…大丈夫。」
本当は、久しぶりに拡げられたからか少しキツい。
だけどそれ以上に、嬉しさの方が勝ってる。
彼の優しさも、肌の温もりも、声も…全部が愛しい。
「じゃあ、動くね。」
「うん……あっあっ…んん!」
「ヤバい…香奈さんの中気持ち良すぎて止まんない…!」
「ああ!やっ…そんな激しいのは…っ」
それからはもう…凄かった。
私が何度昇りつめても、彼はまだ元気で。
そして、彼自身も1回ぐらいじゃ納まってくれなくて。
結局寝たのは日付が変わった真夜中だった。
翌日目が覚めて、隣でスヤスヤ眠る恋人になった彼の寝顔を見つめる。
「んん…あれ、香奈さんもう起きてたの…?」
「おはよう。っていっても、もう昼前だけど。」
「おはよう…今日も可愛い…好きだよ…」
まだ半分眠っているような表情の彼に抱き締められ、布団に引きずり込まれる。
「そろそろ起きないと…」
「もう少しだけ…香奈さんに触れていたい…」
「あ、こら…」
「拒否してもダメだよ。香奈さんが朝から誘惑するのが悪い。」
「そんなことしてない…!ちょ、んんっ…」
「んっ…大好きだよ、香奈さん。もう絶対離さないから。覚悟してね。」
割と最初から濃厚なキスに、一瞬で体が熱くなる。
再び組み敷かれ、彼の熱に貫かれながら、私はある決意をしていた。
(やっぱり8歳の年の差は大きい…もっと手加減して~!
…体力付けよう、本当に。)
そして数日後、それが急務であることを悟るのだった。
ーーーEND---
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