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君がいなくなってから、二十三歳になり六年の月日が流れた。
打ち寄せる波が岩礁にぶつかり、水飛沫を上げる。太陽が南中して強い日差しに照らされた海面と砂浜は、そこら中にダイヤモンドが散りばめられているかのように煌びやかで美しかった。
七月も 二十日を過ぎ、いよいよ夏休みという時期に入っていた。
「ねぇ、夏休みに入ったらここ行こうよ! めっちゃ綺麗じゃない」
美里が満面の笑みでスマートフォンの画面を見せてくる。
「海好きじゃないの知ってて言ってる」
彼女はその言葉を聞くと少し小馬鹿にしたような口調で語りかけてくる。
「まだ、小さい頃のトラウマあるわけ」
僕が溺れかけたときのことを言っているのだろう。
それからというもの海で遊ぶことはもちろん、プールに入ることも嫌な僕は、水の中に顔を突っ込むことさえも苦手になっていた。
過去の記憶を辿っていると彼女の明るい声が鼓膜に響く。
「別に泳ぎに行くわけじゃないんだから問題ないでしょ」
彼女は、スマートフォンの画面を指したまま話を続ける。
「絶対見に行くべきだって! こんな綺麗な海の景色眺めずに死んじゃったら絶対後悔すると思うけど」
「はい、はい。わかったよ」
その発言を聞くと、満足気な顔をした彼女が頷きながら言葉を発する。
「よし、決まりね! 約束ちゃんと守ってよ」
チャイムの音が鳴り、先生が教室に入ってくるとすぐに黒板を叩いた。
「おい、日直。黒板消してないぞ。このままだと先生帰っちゃうからな」
「すみません、今消します」
美里が慌てて黒板に駆け寄るとクラスから笑い声があがった。
家に帰り、夕飯と風呂を済ませると宿題に手をつけることなくベッドに寝転がる。
しばらく横になっていると、教室内での約束を思い出す。
手で顔を覆いながら独り言を呟いていた。
「夏休み中には美里に言おう」
決意を固めると、瞼を閉じて深い眠りについた。
彼女が亡くなったのは、夏休みに入る前日のことだった。
墓地に赴くと戒名と共に俗名で、西村美里と彫られているお墓の前に立つ。墓石には、菊やカーネーション、りんどうにユリなどのカラフルな花々が、左右対象になるように飾られていた。
お線香をあげると胸の前でそっと手を合わせ目をつぶり、軽くおじぎをした。
目を開け、頭を上げると語りかけるように話す。
「海、見てきたよ。随分遅れてだけど」
それだけを言うと彼女の前から足早に立ち去る。
今はまだ、海を好きにはなれそうになかった。
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