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第2問 都落ち
思春期といえば大半の子が学校という檻に放り込まれ、過剰な自意識を抱えたまま同い年の子たちとの比較で苦しむものだが、横浜の公立中学に通っていた僕こと海道兼(かいどうけん)は、比較的早い段階で自分はあらゆる面で平均以下の人間なのだと自覚していた。
「難読漢字クイズ!海道くん、パネルを選択して、答えをどうぞ」
「14番」
「ええと14番ね。これはなかなか難問ですよぉ」
「蜀魂(ホトトギス)」
「………お見事!」
観客の歓声。司会者が感嘆の声を上げる。
「よく読めましたねー」
「蜀の望帝の魂がこの鳥になった伝説から、ホトトギスの別名なんです」
「解説も完っ璧です!」
小学生の頃から、 夕食時に見るクイズ番組で次々と問題を解くクイズ王に自分を重ねる妄想に明け暮れ、クイズアプリやネットの小規模なサークルに参加して、少しずつ自信をつけていた。
このことは家族にも友人にも打ち明けたことがない。友達が少ないというのもあるし、打ち明けたら最後、クラスメイトにしょうもないクイズを年中出題されるのが目に見えていたからだ。
中学3年になり、進路について考え始めた頃、建物の隙間から辛うじて山下公園が見えるマンションの食卓で朝食を食べ終えた僕に、斜向かいに座る母さんが何気ない日常会話のトーンで切り出した。
「兼、お母さんたち、離れて暮らすことにしたから」
「は?」
「お父さん、もうひとつの家族と暮らすからこっちの面倒見きれないって」
僕は冷蔵庫に貼られたカレンダーを見る。
「……ああ、今日エイプリルフールだっけ?」
「そうね。でもこれマジだから。母さんて冗談言わないタイプでしょ?」
「まぁ、確かに……。って、いやいやそんな……。何か言ってよ父さん」
正面に座る父にふる。襟足の白髪を今日は染めていないせいか、いつもより老けて見える。
「…………………ごめんな、兼」
「いやいや、エイプリルフールにそんなリアルな演技いらないって」
「…………………………」
「笑えないよ。つまんない」
「…………………………」
「…………………………」
突っ込んで笑いに変えられるような空気じゃなかった。怒ってテーブルをひっくり返すとか、暴れて窓ガラスを割るとか、そんなこともできなかった。ただ無言で、こみ上げてくる不安と涙を我慢し続けた。昭和に放送されていたアニメ「巨人の星」で頑固父親がちゃぶ台をひっくり返したのは、たったの一回。こんな時にそんなクイズが、ふと頭に浮かんだ。
それまで印刷関係の中小企業に勤めるどこにでもいる平均的なサラリーマンだと思っていた父は、重婚して二重生活を送っていた。埼玉と横浜の二つの家庭を支えていたが、借金がかさんで首が回らなくなり、母に真実を告白したそうだ。ちなみにもうひとつの家族との生活のほうが長いとか。
当然、離婚することになり、中学を卒業するのと同時に、僕は母親に引き取られて引っ越すことになった。
レンタカーで9時間近くかけて本州を南下し、瀬戸大橋を渡ってたどり着いたのは香川県。
市内電車が走る町並みを見て観光気分に浸っていたのもつかの間、更に一時間以上奥地へと進み、山の斜面にへばりつくように建てられた六畳二間の古いアパートが、新しいわが家だった。
香川の高校はいつくか調べたが、この家から適度な距離で通える高校はふたつしかなく、僕は臨母高校という偏差値の低いほうに通うしかなかった。実際に入学してみると思ったよりも普通な感じで安心したが、独特な文化に戸惑った。
住んでいる住民は自分達を「のんびりしている、おおらか」といいように自己分析するが、僕の視点では優等生とヤンキーの二択以外、全ての人間がモブキャラであり、ちょっとでも目立つようなことをすれば排除の対象になる相互監視社会。それが香川独自のものか田舎ならどこでもこういう感じなのか分からないが、全く馴染めないし馴染みたくもなかった。
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