9人が本棚に入れています
本棚に追加
「帰ったら食べるな。ありがとう」
ラッピングを解くこともなく、しかし笑顔でそれをカウンターに置く。
所詮、彼がいくつももらう、バレンタインのプレゼントの一つでしかないのだ。
プレゼントを受け取って、それでも浮かれることのない、大人の対応。
「お待たせしました」
コーヒーカップが二つ、目の前に並べられる。
彼はそのまま、把手を取って口をつける。
ああ、やっぱりブラックなんだ。
由里が思い描いていた良太郎のイメージを裏切らない。砂糖とミルクを入れなければ飲めない、由里のような子どもではない。大人なのだ。
彼が大人だ、ということが、いつも距離感を感じさせる。
今もそうだ。
由里などが簡単に近付けるような、そんな子どもではないのだと思い知らされる。
「由里ちゃん、砂糖とミルクは?」
「…なくても大丈夫」
それでも、彼に少しでも近付きたい。
由里もコーヒーカップを持ち上げて、恐る恐る口に流し込む。
その香り高いコーヒーは、口の中に涼し気な苦味をすうっと広げる。
美味しい。
甘くてまろやかなミルクコーヒーとは全く違う、ブラックコーヒーの味。
これを美味しいと思えたなら、自分も少しは大人に近付けているような気がして。
彼の顔をちらりと見ると、ほんの少し苦笑しているように見えた。
やっぱり彼までの距離は遠くて、手が届かない。
最初のコメントを投稿しよう!