ブラックコーヒー

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「帰ったら食べるな。ありがとう」  ラッピングを解くこともなく、しかし笑顔でそれをカウンターに置く。  所詮、彼がいくつももらう、バレンタインのプレゼントの一つでしかないのだ。  プレゼントを受け取って、それでも浮かれることのない、大人の対応。 「お待たせしました」  コーヒーカップが二つ、目の前に並べられる。  彼はそのまま、把手を取って口をつける。  ああ、やっぱりブラックなんだ。  由里が思い描いていた良太郎のイメージを裏切らない。砂糖とミルクを入れなければ飲めない、由里のような子どもではない。大人なのだ。  彼が大人だ、ということが、いつも距離感を感じさせる。  今もそうだ。  由里などが簡単に近付けるような、そんな子どもではないのだと思い知らされる。 「由里ちゃん、砂糖とミルクは?」 「…なくても大丈夫」  それでも、彼に少しでも近付きたい。  由里もコーヒーカップを持ち上げて、恐る恐る口に流し込む。  その香り高いコーヒーは、口の中に涼し気な苦味をすうっと広げる。  美味しい。  甘くてまろやかなミルクコーヒーとは全く違う、ブラックコーヒーの味。  これを美味しいと思えたなら、自分も少しは大人に近付けているような気がして。  彼の顔をちらりと見ると、ほんの少し苦笑しているように見えた。  やっぱり彼までの距離は遠くて、手が届かない。
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