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でも、手元にある彼の写真はこれだけ。
由里の頭の中には、彼の映像がはっきり浮かんでいるから、これだけで充分。
自分は大して可愛くもないし、垢抜けないし、人目を引く何かを持っているとは思わない。スタイルだって良くないし、何の才能もない。
その歌で、ギターで、曲で、人を惹きつける魅力を持っている良太郎に釣り合うとは到底思えない。
それでも、好きだという想いは抑えられなくて。
彼が、二人で会ってくれる。その事実が信じられない。けれど、彼は約束してくれたのだ。迎えに来てくれると。
どんな顔をして彼に会おう。
どんな話をすればいいのだろう。
ただただそれだけを考えながら迎えた今日。
友達と出かける、と母に告げて表に出る。
どうしても照れくさくて言えなかった。好きな人に会いに行く、とは。
指定したバス停で、彼を待つ。少し早く出過ぎた。
待ちながら、どんな車で来るのか、何を思って来るのか、迷惑ではなかったかとぐるぐる頭の中で思いを巡らせる。
考えたところで答えは出ない。
彼が来るであろう方向へ目を向けると、一台の白い乗用車が方向指示器を出して、こちらへ寄せて停まる。
心臓が、これでもかと言わんばかりに早鐘を打つ。苦しくて息が出来ない。それでもどうにか深呼吸をする。
「お待たせ。どうぞ」
運転席から身を乗り出して、助手席のドアを開けてくれたのは良太郎だ。
「あ、うん、ありがとう」
勧められるまま、そこへ乗り込んでドアを閉める。
「どこ行こうか?」
「えっ」
考えてもいなかった。落ち着いて考えれば、車で来たのだから、どこかへ移動するに決まっている。
「あ…良ちゃんは?」
「ん?」
彼は再度指示器を出して、くるりとUターンする。
行く先を決めないまま、車は走り出した。
初めて乗る、他人の車。それを運転しているのは良太郎その人で。
居心地は、良くない。緊張していて、言葉もつかえて出て来ない。
「お茶でも飲みに行く?」
「うん」
そう言われたら、そうするしか選択肢はない。
「こないだのライブありがとな」
「うん」
「どうやった? 新曲」
「うん」
「またデモテープ作ろかって言うとるんやけど」
「うん」
どこを見ていたらいいのだろう。
外ばかり見ていたら、興味がないと思われないだろうか。
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