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不当死刑判決
護ってやると簡単に言うけど、世界はそこまでヤワじゃない。
阿久津姫が証言台に立つと傍聴席がどよめいた。月面法廷は二審とも此花汚染災害の刑事責任を認めた。
しかし、法の定義に照らし合わせてもおおよそ理不尽な判決で、ただちに特別抗告がおこなわれた。
死刑を言い渡された咲夜は下界の年齢に換算してまだ満で16歳。花も恥じらう乙女である。
丸顔で優しい目に涙をいっぱいに浮かべ、無実を懸命に主張する様は彼女の人となりを知る者の切実を代弁している。
「確かに祖先の罪は容認しがたいものがあります。それが過失であったとしても御遺族の無念は計り知れません」
そう断ったうえで阿久津は弁明した。
「だからと言って被告が責任を相続する義務はありません」
どよめきが失望と失笑の渦にかわる。ここまでは予定調和だ。そしてこのままでは死刑が確定する。刑罰の無限責任など断じて許すわけにはいかない。だって被告は罪を償うために誕生したと公認するも同然だろう。
「それでは犠牲者が浮かばれない。遺族は泣き寝入りしろと言うのか。それはあまりに無責任だ」、と検察が反論する。
阿久津姫は負けじと弁護する。
「つまり、被告に責任を擦り付けて終了したいのですね。それって彼女じゃなくて誰でもいいって事よね。他人の不幸を抽選するって、アクシデントに見舞われた遺族よりも不憫じゃない。これはもう裁判じゃありませんよね」
「何だと!」
原告側から怒号が飛んだ。
「静粛に!静粛に!」
裁判長も騒乱を抑制ぜきず、休廷となった。
咲夜は糸が切れた凧のようにふらふらと阿久津姫の胸に飛び込んだ。
「もう大丈夫よ。あたしに任せて」
きゅうっと少女を抱きしめる。
「だって、あなた」
「心配しないで。あたしが護ってあげる」
「うそ」
「うそじゃない」
「目が泳いでる」
「え、だ、だいじょうぶだから」
図星を指された阿久津姫は語尾を震わせた。しかし彼女に勝算がないわけでもなかった。
特別抗告だ。月面法廷の最終審では死刑を含む慎重な判断がなされるため、いくつものフェイルセーフが用意されている。
此花汚染災害は「事故」ではない。作為がある。その関与を解き明かして真犯人を挙げることが咲夜の無実を証明する唯一の方法だ。
「大丈夫なわけないじゃなない!」
「あたしに任せて!」
阿久津姫は月面法廷に公判の延期と新証拠の提出を申請し受理された。証拠の採否が確定したわけではない。
とりあえず3日だ。その間に下界で情報収集せねばならない。
「お伽噺って言われてるらしいじゃない」
息巻く姫に咲夜はますます不安を募らせた。
「物事にはすべて原因がある」、と姫は笑顔を輝かせた。
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