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月は命の源
此花汚染災害とは月面と下界を巻き込んだ天災地変をさす。開闢の時から月は生命に満ち溢れていた。
何もかも焼き尽くし天空すらも焦がす太陽の対偶として月は優しくよりそい、万物の緩衝としてあらゆる対立――陰と陽の二元論に端を発する―から宇宙の調和を保ってきた。
月はいのちのみなもとと言って過言ではない。いな、それそのものなのである。大地は黄金色に照らされ、ウサギからカニまで雑多な動植物を育んできた。これら個体間に生存競争はない。月は君臨するが支配せず母のようにそっと見守っている。
それゆえに食物連鎖は発生せず、きらめきを糧として平和に共栄してきた。
地上では肉を食むケモノももちろん月にはいる。この星は情報量が多過ぎる地球の対偶でもあるからだ。
あちらでは血で血を洗う争いが絶えない。生き物はただやみくもに子孫を遺すためだけに繁殖を繰り返す。そして種族じたいが老いさらばえて後進に取って代られる。まったく無意味で非効率的な死が堆ってていく。
翻って、月に死ぬという概念はない。ただ万物流転のことわりには抗えないため、事情により減った分だけ新たな誕生がある。
欠損を調停する月のつとめだ。
その調和を一人の女が壊したのだ。
かぐや姫。
月面法廷はそう呼んでいる。
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