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稀代の天才発明家。
世間から彼女__穂波紫苑は、そう呼ばれている。
16という若さで発明家として活動する彼女には、何件もの企業から多額の金を積まれた案件が殺到する。だが彼女はその大半を断り、自分の気の向いたものにのみ全力を尽くす。
そんな彼女のスタンスは、そのまま彼女のブランドを高くするエッセンスに化けている。
また彼女自身に「女子高校生」というなんとも俗っぽいブランドがついていることもあり、彼女はいわゆる有名人となっていた。
ではそんな彼女がどうしたのかというと、彼女は今__
「金がない」
初めて体験する「金欠」に、むなしく喘いでいた。
事の顛末はこうだ。彼女は__コンプライアンス的に詳しくは話せないのだが、ある企業から依頼を受け、それに応えるべく、彼女は世に出していなかった既存の発明品に改良を加えていた。
そして期日まで半月を残し、なんとか彼女の及第点にまでなったその発明品(改)を郵送すべく、彼女が作業場から席を外している隙に事件が起こる。
数分後、そこには無残な発明品(改)の姿が。
犯人は野良猫だった。換気のために開け放していた窓から入ってきたのだろう。
完全に計算され尽くしたフォルムを無残に踏みつけられ、中の回路が歪んだそれを再起動することは叶わなかった。とても企業に提出できる状態でないそれを見て、彼女はちょっと泣いた。
用意してもらった発明費用はほぼ使い切ってしまった。資金援助の要請をするにも、彼女のブランドの一つである「女子高生」が諸刃の剣になるのだ。もう一度作り直したとすると費用はあちらに浮き彫りになってしまう。女子高生にしては多額が過ぎるのだ。一回叩かれてから今まで公開しないようにしてきたのに、どんなゴシップ書かれるかたまったもんじゃない。
それから悩んだ末に彼女は2号機を実費で作り上げ、結果金欠になってしまったというわけだ。これまで研究の特許などで貯めてきた貯金はもちろん空である。
「いやまあ、無闇に換気などしていた私にも責任の一端はあるのだろうけど…うぐぐぐ……」
狭い借家の一室で、げっそりと青ざめた顔で呟く今の彼女は、誰が見ても先程の輝かしい肩書きをその身に背負っているとは思わないだろう。見目の整った彼女ではあるが、これが漫画の世界であれば作画に何らかの支障が出るであろうくらいには、彼女は追い詰められていた。
「……状況を整理しよう、私。ここの家賃は月初に払い終わっているし、学費は親。光熱費やらなんやらが払えるくらいの金は辛うじて一月分残った」
彼女の住む部屋の家賃システムは月初払いなので、幸運にもまだ肌寒さの残る今日このごろに彼女が外に放りだされることはない。となると、問題は生活費だ。趣味や娯楽以外、つまり人として最低限生きるための生活から切って離せないものを考えると、つまるところ。
「…食費だけ、残らなかった……」
「だから貸しますってお金ぐらい」
口を開いたのはこれまで彼女の一人言を黙って聞いていた彼女の「助手」、壬生遥だった。
彼女と同じ高校に通う彼は一つ上である彼女のことを慕っている。彼女に会うためだけに彼女の通う名門校を受験し、合格したくらいだ。
そして自らのアプローチで孤高の彼女の雑用係兼友達兼後輩、と彼女が称する関係__それは壬生曰く「助手」であるらしいが、そんなポジションにまでこぎつけたのだ。
だがそんな親しい助手からの提案も彼女は却下する。
「いい。自分でなんとかする。人に借りは作らない主義だ」
「ええ強情な。でもまだ月半ばとはいえ、これから来月まで毎日最低2食は食べれるくらいの備蓄とかあります?」
「………な、い」
研究職ゆえにカンヅメ状態になることも少なくないので、家に生活消耗品は揃っているものの、食料は別だ。
彼女の住んでいるここは商店街も近く、八百屋や魚屋、食堂なども多い。なので彼女は普段買い切りで何かしらの料理を作るか、外で食べていた。だが、それもできない。
「野菜が無農薬なのはいいけどちょっと高いし、魚屋や生肉屋の生物は値段も変わりやすいし、食堂じゃ金がかかる…つまり最悪一食分で手持ちは尽きる。…砂糖水でも作るか」
「カブトムシじゃないんだから。高校近くて人通りも多いし、今時シャッター街にもなってないから、値段設定も強気なんですよねえここ」
「やっすいカップ麺とかも売ってて欲しいんだが」
「まあまあ。じゃあ立地を逆手にとって短期バイトとか探せばいいんじゃないです?どこも繁盛してるんだし、若い働き手は必要でしょう。探し放題ですよ」
「…うん?」
「それか来てくれるんだったらご飯くらいは__」
「そうか!バイトだ!日払いならすぐ賄える!」
そう、穂波が欲しいのは日銭だ。もしくは食材。短期バイトなら前者は手早く稼げる。
値段は優しくないが情には厚い商店街の皆々様なら、事情を話せば雇ってくれるかもしれない。そう思うが早いが、穂波は個室に篭って外に出る準備を始めた。
数分して、制服姿になった穂波は呆然とする壬生を横目に玄関に向かう。
「善は急げだ、私は今から顔馴染みの人に頭下げて回りに行ってくる。あ、帰るとき戸締り頼むぞ」
「……色々言いたいことはありますけど、先輩流石にバイトは未体験でしょう?僕心配なんでついていきます」
「む、そうか?じゃあ部屋閉めるから表出ろ。」
思春期の男女とは思えない会話をした後、2人は商店街に歩き出す。
こうして、天才とその助手の、頭脳は一切関係ない資金調達が始まった。
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