好意の重みを知るがよい

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「あらいらっしゃい穂波ちゃん!今日は玉ねぎが3玉で……え?バイトしたい?…何があったのかは知らないけど、うちで良ければ雇うわよ!」  古き良きなこの商店街では珍しい若きヘビーユーザーである穂波の申し出は、思いの外あっさりとすぐ受け入れられた。…実際のところそれだけではなく、まだ年若い彼女がご近所付き合いをしっかりしていたことなども大いに含まれるが。 「面接があると思って制服で来てしまったが、ないならないでいいか。とてもスムーズだ」 初めての経験に少し興奮しているのか、早速渡された八百屋の黒エプロンを制服の上から巻いて、彼女は準備万端である。そしてなぜか同行するだけのはずだった壬生も「彼氏さんも折角だから!」と巻きこまれていた。彼氏ではないが。 「急な相談でごめんなさい。受け入れてくれてありがとうございます、頑張ります」 「いいのよお人手は足りなかったし!それよりも穂波ちゃんこの前の、ありがとうね。大切に使わせてもらってるのよ、あの翻訳機」 「?」 「先輩の発明品じゃないですか、全世界の言葉を同時翻訳できるって言ってた、あのほら、手帳型の」 「そうそう!外国人のお客さんも来るから助かってるのよ」 「……ああ、どういたしまして。私は作っても使う機会もないんで、お役に立てたなら何よりです」  で、何したらいいんでしょうか。さしてその会話には興味もなさそうに彼女は尋ねる。店主もそれに気を悪くすることもなく、あらいけない、と本題に入った。 「主なうちの仕事は、呼び込みと会計と品出しくらいね。それ以外は私がするし、終了時間については人が引く頃合いを見てストップ出すから」 「了解です」 まず穂波は呼び込み、会計と品出しは壬生と仕事を分けることにした。彼女がさて行くかと一言街頭に声をかけた瞬間。 「いらっしゃいま……」 「あれっ!?“穂波紫苑”だ!!!」 「え、本物!?」 「可愛い!テレビで見たことあるー!!」 「企画?ここ何屋!!?」 突然、過ぎてゆく人の波が止まった。若者のグループ…同年代かそのくらいだろうか、その塊がざわざわと穂波を見て何か言っている。呼び込んでいる彼女には何がなんだかわからないが__人の群れは、あっという間に八百屋の前を覆った。 異常さに気づいたのか壬生も店の奥から様子を見にくる。すると「美形が追加された」「イケメンが来た!」とまた騒ぎが大きくなった。 「やっぱそうだよ!発明家の穂波さんだって!テレビで見ましたー!!」 「すごい、本物だあ!情報全然ないから写真しか知らなかったけど、めっちゃ美人じゃん!」 「なんでこんな……え?ここ八百屋?なんで?」 「……テレビって、先輩なんかしたんですか?」 「お前ならわかると思うが、私の家にテレビはない。よって私には何もわからないし、何かの番組に出演したと言う記憶もないな」 「直近で取材を受けたことは」 「ある」 「写真の使用許可は」 「承認だけして、写真の選択は親に投げた。確認はまだだな。生返事だけしてしまった」 写真が出回ってたとして、私が発明家として名乗り始めた活動時期と被るものには授与式だのなんだのの格式張ったお堅い写真しかないのだし、こんなに若者に認知されるほどの写真も、見られて困るものもないとは思うんだが。 あっけらかんとそう言う彼女を横目に、壬生は店主からは見えないようこっそりスマホを出し、SNSで「穂波紫苑 写真」と検索をかける。すると思い通りに彼女の写真は出てきたものの、それこそ彼女の想定していたような「お堅い」写真はどこにもなかった。 子供モデルのように春物の服を着こなし、ふんわりと笑う幼少期の彼女の写真。 夕紫の浴衣を着て、実家の庭と思わしき場所で線香花火をしている彼女の写真。 学校の制服を着た彼女の自撮り風に撮られた写真。 どこをどう見ても完全なるオフショットである。 この場合スポットが当てられていたのはきっと天才発明家の方の「穂波紫苑」ではなく、素の方の彼女だ。発明家として以外の個人情報は保護されているのを確認したが、これなら写真だけでここまで人気が出るのも大いに肯ける破壊力である。壬生はそっと画像を保存した。 「……大体何があったかは読めました。天才女子高生発明家とか、そう言う肩書きは若い子が好きでしょうからね。若い層向けで特集でも組まれてたんでしょう」 「…私は発明品に目を向けてもらいたいんだが」  渦中の二人がのんきに話している間に、きゃいきゃいと若い層を中心にして八百屋の前には人だかりができていた。最初にその集まりができるとそれを見にくる人だかりができて、次はそれを……と、人が人を呼ぶと言った状態で、客は益々増えていった。
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