好意の重みを知るがよい

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結局、その人の波が引いたのは一時間後。あれだけいた人が消えると同時に、店頭の商品はほぼ無くなっていた。 「これだけ売れたらもう万々歳ね、お疲れ様」 いつもの数倍以上の売り上げにご機嫌な顔の店主は、二人に封筒を渡す。 「納得いかない。ので、この代金はいらない」 ……だが、穂波はそれを受け取らなかった。 理由は彼女の性格と先ほどの働きに関係する。  あの後増え続けた人だかりを前にして穂波がそれとなく「野菜…」とこぼしたところ、「テレビ的な何かしらのイベント」だと思われたのか、店内では競りのように野菜が取引された。 店主は動じることなく持ち前の図太さで場を握り、どんどん野菜の値段を釣り上げていた。同じく壬生も動じずに品出しと会計を黙々と担当していた。人波に翻弄された穂波がやったことといえば、商品を持って値段を言っただけである。 つまり、穂波は看板猫にしかなれなかったのだ。 これでは穂波が「働いた」とは言えない。よってこの給金は無効である。少なくとも彼女はそう思っていた。 「在庫も空にしてしまったし、固定客を掴んだわけでもない!これは私が働くと言う意思を持っていなくても陥ったはずの状況だ。だからこれは正当な報酬じゃない」 「在庫はまだ裏にあるし、気にしなくてもいいのに」 「あー…すいません、この人気にするんですよ。そう言う人だと思って受け入れてあげてください」 「ふうん、難しいのね。役に立てるかはわからないけど、まだ日も高いし、角の鯛焼き屋なら受け入れてくれるわよ、きっと。人手探してたし」 「!…助かります、行ってみます!」 「ありがとうございました。楽しかったです奥さん」 「はいはーい。いつでも大歓迎よお。彼氏さんも元気でね」 「あー残念ながら後輩ですね、まだ」 そんな会話をして、二人は八百屋から新たなる職場に向かった。 だが、現実とはままならぬものである。 「なんでなんだ」 彼女の今の職場、なんとn件目である。 結論から言うと、どこもまともにはいかなかったのだ。魚屋では主婦に褒められて可愛い可愛いともみくちゃにされ、八百屋と同じ競りの末路を辿るわ、自転車屋(持ち込みで修理も可能)では技術職のおじさんにお駄賃を握らされるわで仕事どころではなかった。  唯一店の中に籠ることのできた鯛焼き屋に至っては、単純に鯛焼きが作れなかったので自分からやめた。センスが壊滅的になかったのでこれ以上邪魔してもまずいと思って、作る系の店はお断りした。 「自分の名がこんなにも世間に響くとは。こんなにも自分のやってきたことを恨めしく思ったつもりはないぞ」 「素直にお駄賃受け取っとけばいいのに」 「ポリシーに反する。働けてないんだ、あれは」 何軒目かも忘れた今のバイト先の駄菓子屋。最初は子供相手に微笑ましく商売していたのだが、SNSに情報が出回ってしまったらしい。駄菓子屋にまで新しい人波が来て同様の目に遭い、彼女はうんざりだとまた一時間で仕事をやめた。今日1日のこの商店街の売り上げはいつもの何倍にもなっているだろう。 「こうなったら着ぐるみのバイトでも探……ん」 駄菓子屋の飼い猫が、ぐったりした穂波ににゃあんとなつこくすり寄ってくる。 猫の片足は義足だった。これも穂波が手掛けたものだ。 とはいえ、彼女の発明品のように特に変わった機能はつけていない。彼女が個人的に作ったものだ。 専門外ではあるものの、この付近で何かを作ることができるくらいの技術者は穂波しかいない。発明とはまた別の地道な組み立て作業だったので、知り合いの業者に教えを乞い、カーボン製の義足を作ってやったのだ。 「穂波ちゃんと…彼氏さん?お疲れ様」 「後輩ですって」 そこに、駄菓子屋の店主のお姉さんが店の奥から出てきた。手には2本、瓶のラムネを持っていた。 「はいこれ、給料代わり。お金じゃないから受け取れないことは無いでしょ。あ、ねこも構ってあげて。穂波ちゃんはその子の恩人なんだから」 「……ありがとうございます。でも、そんな大層なもんじゃないですよ。私にできたからやっただけですから」 「達観してるねえ。それにしても、なんでバイトなんかしてるの?欲しいものでもあるの?」 「いや、食費が……」 「食費?」  かくかくしかじかで、とお姉さんに今までの事情を伝えると、 「……ちょっと待ってて」 神妙な顔をした駄菓子屋のお姉さんは、何やら方々に電話をかけ始めた。
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