王女様の策略

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 うつくしい金色の御髪が、大きく揺れます。王女様は力強い足取りで、王陛下のもとまで進まれました。 「陛下は私の王位継承権を剥奪することができませんし、もちろん、死罪にもできません。私に継承権がなくなれば、アルベルティ公爵が王位の第一継承者になるのですから。陛下の、優秀な弟君が」  優秀な、を明らかに強調した発音でした。大臣たちが息を呑む音が重なり、緊迫したざわめきとなります。ふっ、と王女様が穏やかに微笑まれるを感じ、わたくしは息を止めました。 「大臣の方々はそちらの方が嬉しいのかしら。アルベルティ公爵の継承順位が低いことについて、随分嘆かれていたそうですね。私が王位継承者の第一位となる、ずっと前から」  大臣たちのざわめきが、一際大きくなりました。そうかと思ったら、はりつめたような沈黙が訪れます。しばらく、どなたも声を発しませんでした。――王女様は、助かるかもしれない。私がそっと息を吸ったとき、けれども低い声が聞こえました。 「見くびるな」  王陛下の声でした。怒り、羞恥、劣等感――それらの負の感情とともに、王としての確固たる権勢を感じられる声でした。 「アリシア第一王女、ただいまを以って、王女へ王令を下す。王女に、王への反逆の意思を認む。ただし未遂であることを考慮し、死罪ではなく王位継承権の剥奪に止む。我が温情に、感謝せよ」  王女様が息を呑まれる音が、わたくしの耳にまで届きました。わたくしの喉からは、声にならない悲鳴がこぼれます。 「シルヴィアの息子を愛するなど、……やはりお前は、私の子だな」と、王陛下が吐き捨てられました。「いいえ」と、王女様はそれをはっきりと否定されました。 「私はお母様から生まれ、お母様に育てられました。貴方から頂いた半分の血なんて関係ない。私は心で、レオンに恋をしたの」  最後のひとことまで、王女様の声は強いものでした。 「シーラ」  王女様の青い瞳が、わたくしを射抜きます。 「まさかあなたに手を噛まれるなんて。家名に見合わぬ没落ぶり、さらに当主は病に臥せった、哀れなアールクヴィスト家。可哀そうなあなたを、私が取り立ててあげたのに」  王女様の視線は、一切の温度を失った冷え切ったものでした。まるでその視線で凍ってしまったかのように、わたくしはまったく動けなくなりました。 「心配はいらぬ。アールクヴィスト家は私に報いた。お前の庇護など、もう必要なかろう」  王陛下の言葉に、兄が頭を下げます。王女様が王陛下に視線を向けられました。ふわり、と金色の御髪がなびきます。 「大丈夫かい? シーラ」  カールシュテイン様が絨毯に片膝をつき、わたくしに目線を合わせられます。  ――何も言わない方が君のためだよ。  低い声が囁きました。カールシュテイン様を見返せば、玄色の瞳に映ったわたくしが、愕然とした顔をしていました。「愛しているって、」と自分の耳にやっと届くだけの小さな声が、ようやく口からこぼれました。 「愛しているよ。『王女様』をね」  カールシュテイン様は薄く笑うと、わたくしの手を取られます。わたくしを立ち上がらせると、うつくしい所作で元の場所に戻られます。ふたたび崩れ落ちそうになったわたくしの身体は、兄に支えられました。自分の頬を涙が伝い続けるのを、わたくしはただ呆然と感じました。  近侍に両脇を固められた王女様が、わたくしの前を通られます。その一瞬に、王女様がわたくしに視線を向けられました。  ――ごめんなさいね。  王女様のうつくしい唇が、そう動いたような気がしました。それは、わたくしの望みが見せたまぼろしでしょうか。
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